十秒後の射線
「《遅配》? 投げた物が十秒遅れて届くだけだと。無能だな」
王立弓兵団の試験官は、キリハの木札を真ん中から折った。
《スキル:遅配――放った物を十秒間だけ世界から外し、元の軌道上へ戻す》
矢は速さが命だ。十秒も消える矢など、敵が立ち去った後に届く間抜けな武器だという。キリハは弓を取り上げられ、外壁で的を回収する雑役へ落とされた。
それでもキリハは、飛び損ねた矢を拾うたびに十を数えた。風は十秒で向きを変え、鳥は十秒で羽ばたきを三度挟む。遅れているのは矢ではない。放った瞬間に、十秒後の場所を決めなければならないのだと気づいてから、彼は空ばかり見るようになった。笑われても、十秒先を外した回数だけ、次の一射は正確になった。今日も風向きを指で数え、十秒後の雲へ矢先を重ねていた。
その日の夕刻、警鐘が鳴った。
硝子翼竜が一頭、王都へ滑空してきた。翼の周囲には透明な防壁があり、飛来物を感知した瞬間だけ硬化する。百人の射手が矢を浴びせても、空中で砕けて光の粉になった。
「射撃中止! 魔導砲を待て!」
鷹眼将軍ヴァルガンの命令に、射手たちが弓を下ろす。だが魔導砲の照準が合う前に、翼竜は城壁へ火を吐ける距離まで来る。
キリハは捨てられた訓練弓を拾った。
狙ったのは竜ではなく、竜が十秒後に通る夕焼けの一点だった。
「雑役、何をしている!」
弦を離れた矢は、弓の前でふっと消えた。防壁は反応しない。飛来物が存在しないのだから当然だ。
九秒後、翼竜がその地点へ翼を傾ける。十秒目、矢は防壁の内側に続きの軌道ごと現れ、薄い翼膜を内から貫いた。
翼竜が均衡を崩す。旋回しようと開いた口へ、二本目が現れた。キリハは最初から、十秒後の空に二つの射線を置いていたのだ。
巨体は城外の麦畑へ滑り落ち、火炎は空へ逸れた。
静まり返る射手列の前で、ヴァルガンは折れた木札をキリハの手から取り、二片を重ねた。
「判定を書き直せ。“遅い矢”ではない。防壁の内側へ射線を置く、対竜級の射手だ」