午前二時のゴールドマスター
午前二時、開発室の照明は半分だけ落ちていた。コンソールゲーム『星喰いの庭』の提出期限まで、あと四時間。制作進行の枇々木澄人は、完成版を意味するゴールドマスターを海外支社へ送る役目を任されていた。
転送を始める直前、画面に表示された容量を見て、澄人は手を止めた。
「昨日より八ギガ増えてる」
追加されたのは、エンディングの誤字を直した一枚の画像だけだ。プログラマーの猿渡は「圧縮の揺れだろ」と送信ボタンを促した。回線は細い。やり直せば間に合わない。
澄人は完成版と前日のビルドを、フォルダ単位で比べた。映像でも音声でもない。増えていたのは、通常は開発機にしか入れないデバッグ用の記録だった。昨夜、クラッシュ原因を調べるために設定を変え、そのまま戻し忘れている。
「これ、消せば軽くなるだけじゃないの?」
若い企画が訊いた。
「軽くはなる。でも今のファイルを手で抜くと、起動時の一覧と食い違う。作り直す」
猿渡が顔を上げた。ビルドには五十分かかる。送信は順調でも三時間。猶予は十一分しか残らない。
澄人は、全員に待機を命じなかった。画像修正担当には提出用の説明書を完成させ、猿渡には設定だけを戻してもらい、自分は転送先の空き容量と回線を先に確認した。もし送信中に失敗しても、最初からではなく途中から再開できる設定へ変える。
午前三時一分、新しい完成版ができた。容量は元に戻っていた。起動確認を終え、澄人は送信を開始する。進行表示は遅かったが、止まらなかった。
窓が白み始めた午前五時四十七分、海外支社から受領の短い返信が届いた。猿渡が椅子の背に沈み、「助かった」とだけ言った。
澄人は返事をせず、提出記録に原因と変更手順を書き込んだ。十一分の余裕を、次も偶然に頼らないためだった。
そのとき、隣の席で携帯が鳴った。午前六時配信予定の体験版が、タイトル画面から進まないという。
澄人は冷えたコーヒーを脇へ置き、まだ閉じていない端末に新しい記録欄を作った。