午後五時十三分の帰宅放送
町の防災無線は、毎日午後五時に「夕焼け小焼け」を流す。
子どもの頃から聞いてきた音だ。三年前、父が死に、私は誰もいなくなった実家へ戻った。仕事を終えて台所に立つころ、古いスピーカーの割れた音が山から降ってくる。それを聞くと、家だけが昔の時間に取り残されている気がした。
異変は、梅雨の終わりに始まった。
歌が終わって十分以上たった午後五時十三分、ざ、と砂を噛むような雑音が流れ、父の声がした。
「由紀。二階の窓、閉めたか」
鍋の火を止めた。外は晴れていた。
録音が混線したのだと思った。けれど二階へ行くと、父の部屋の窓だけが開いていた。閉めたはずなのに、カーテンがゆっくり膨らんでいた。
翌日の五時十三分は、「味噌を入れすぎるな」。
その翌日は、「資源ごみは木曜だぞ」。
どれも父が生前、私に繰り返した言葉だった。役場へ電話すると、放送記録には五時の歌しか残っていないという。
向かいの吉岡さんにも尋ねたが、「何も聞こえない」と目を伏せた。ただ、その日の五時十三分、吉岡家の雨戸が一斉に閉まり、細い隙間から彼女がこちらを見ていた。翌朝、玄関先に濡れた紙が落ちていた。滲んだ字で、返事をしてはいけない、と書かれていた。
怖いはずなのに、私は少しうれしかった。
午後五時になると手を止め、十三分間、父を待った。父は相変わらず小言ばかりで、私は紙を捨て、「分かってるよ」と誰もいない台所で返事をした。
七日目、父はこう言った。
「今夜は玄関の鍵を開けておけ。母さんが帰る」
母は十二年前、病院で死んだ。
私は鍵を二つとも掛け、チェーンまでした。
午前二時すぎ、濡れた靴で廊下を歩く音がした。玄関から台所へ、台所から二階へ。息を殺して布団をかぶると、誰かが父の部屋の窓を開けた。
翌日の午後五時十三分。
スピーカーから父が尋ねた。
「由紀。母さんを家に入れたか」
私は答えなかった。
すると台所のほうから、幼い私の声がした。
「うん。ちゃんと入れたよ」
階下で食器が三人分、卓上に並べられていく音がした。
防災無線は最後に、ひどく優しい声で告げた。
「では皆さん、家族がおそろいです。戸締まりをして、朝まで誰も外へ出さないでください」