半径一キロの元恋人
二十一時五十分。戸川彰良のスマートフォンに〈千住美晴さんとマッチしました〉と表示された。中央線のホーム、発車まで十分。半径一キロにいた美晴は、三年前に別れた相手だった。
プロフィール写真には、青い切符が写っている。二人が最後に会った夜の入場券だ。裏へ彰良が酔った字で〈次は同じ方向へ帰る〉と書き、美晴が財布にしまった。転職で遠距離になると告げられたとき、彰良は「応援する」と言った。引き留めて重荷になるより、理解のある恋人でいたかった。美晴はそれを、残ってほしくないという返事に受け取った。別れた後も、美晴は誕生日ごとに短い近況を送り、彰良はスタンプ一つで返した。会話を続ければ未練になると思ったからだ。翌年から近況は届かなくなり、青い切符まで捨てられたのだろうと決めつけていた。彰良の財布にも、対になる東京行きの半券が残っている。角が丸くなるほど触ったのに、写真には一度も載せなかった。
彰良はチャットへ〈その切符、まだ持ってたんだ〉と打った。送信済みの印はつくが、既読にならない。
向かいのホームへ快速が滑り込む。窓越しに、美晴が立っていた。髪は短くなり、足元には大きなキャリーケースがある。彼女もこちらに気づき、携帯を持ち上げた。彰良は笑って手を振った。美晴は口を動かしたが、到着放送に消された。
「元気で」と言ったように見えた。
彰良の側にも東京行きが入る。扉が開き、人に押されて乗った。向かいの快速も同時に動き出す。二本の列車が逆方向へ離れた瞬間、チャットが既読になった。
〈戻ってきたの。今日からまた、この町で働く〉
続いて、送信時刻が二十一時四十九分のメッセージが届く。駅の通信不良で、十一分遅れていた。
〈切符の約束、まだ有効なら、同じ方向へ帰りたい〉
彰良の列車は次の駅へ着いた。折り返せば、美晴が降りる駅まで十五分。三年前なら、迷惑かもしれない理由を百個並べただろう。
彼はホームへ飛び出し、反対方向の各駅停車に乗った。