卒業まで、傘は一本
九月の進路面談が終わった日、祝部冴と朽木行成は、卒業式で別れると決めた。
行成は北海道の農業研修校へ行く。冴は祖母の花屋を継ぐため、地元の園芸学校へ進む。
遠距離を試す話もしたが、行成は会うために研修を休み、冴は寂しいと言わないために忙しいふりをするだろう。二人とも、そうなる自分をよく知っていた。
「じゃあ、三月まで」
「期間限定みたい」
「冬季営業」
「卒業式は春だけど」
翌日から、二人は一緒に帰った。
約束に終わりがあると、些細な時間まで惜しくなった。
雨の日は、行成の大きな紺色の傘へ入った。
彼はいつも冴の側へ傘を傾け、右肩を濡らした。
「そっち、びしょびしょ」
「花屋の跡取りを風邪ひかせられない」
「農家の跡取りは濡れていいの?」
「僕は研修生」
冴は傘の柄を真ん中へ戻した。
すると今度は二人の肩がぶつかった。
秋の雨、初雪まじりの雨、二月の冷たい雨。
傘を差すたび、どちらかが少し濡れた。
相手を濡らさないようにすると、自分が濡れる。二人で同じだけ濡れようとすると、肩が窮屈だった。
卒業式の日も雨だった。
校門で、行成は制服の第二ボタンではなく、傘を差し出した。
「これ、冴が使って」
「行成は?」
「北海道で買う」
「一本の傘で卒業までって決めたでしょう」
「だから、今日で役目が終わる」
冴は受け取らず、鞄から小さな折り畳み傘を出した。
研修校のある町の地図柄だった。
「これ、行成に」
「いつ買ったの」
「十二月。別れる準備は早いほうがいいから」
「ひどいな」
「知ってる」
二人は笑った。
笑いながら泣いた。
駅まで、最後も紺色の傘へ一緒に入った。
行成は無意識に冴の側へ傾ける。
冴は最後に、柄を彼の中央へ押し返した。
「これからは、自分が濡れない持ち方を覚えて」
「冴も」
「私は花屋だから。雨には慣れてる」
改札前で、傘を閉じた。
屋根から落ちる雫が二人の間へ細い線を作った。
「好きだよ」
「うん。私も」
「それでも、ここまで?」
「ここまで」
別れる理由は、愛が足りないからではなかった。
卒業後の人生まで、相手を思いやるための我慢にしたくなかったからだ。
行成は折り畳み傘を持って北へ行き、冴は紺色の傘で花屋へ戻った。
翌朝、雨はやんだ。
二人とも一人で傘を差す日は来なかった。
けれど玄関には、相手から渡された傘が残った。
同じ屋根へ入れなくなったあとも、濡れないでいてほしいという気持ちだけを、それぞれの場所で静かに開くために。