友達料金の精算

二十二時五十分。鳥飼敬慈は駅の払い戻し機の前で、青いICカードを澤井小夜へ差し出した。窓口が閉まるまで十分。小夜がこの町で乗る最後の電車も、同じ時刻に出る。

カードは大学一年の夏から二人で使ってきた。誘ったほうが千円入れ、残高が尽きるまで次の行き先を決められる。海、古本市、終点のラーメン屋。透明なケースには、小夜が油性ペンで〈友達料金〉と書いた白いテープが貼られていた。恋人ではないから割り勘で、恋人でなくても二人で出かけるための、妙な口実だった。ケースの角は何度も改札へぶつけて白く曇り、そこだけ二人が使った年月を正直に残していた。

「残高、七百八十円。半分振り込むね」

「いいよ。引っ越し祝い」

「明日会う人にも、そういう気前のよさ見せるの?」

小夜は新しい勤務先の同僚を紹介されるらしい。先週、共通の友人から聞いた。敬慈は笑って、「うまくいくといいな」と言った。

小夜はカードを受け取らず、ケースの角を爪でなぞった。

「十回目、今日だったんだけど」

「何が?」

「旅行。数えてなかったなら、いい」

発車案内が鳴った。小夜はカードを敬慈の手へ押し戻し、「払い戻して」と改札へ向かった。追えば間に合う距離だったが、紹介相手のところへ行く彼女を止める資格を、敬慈は友人という言葉の中に見つけられなかった。

二十二時五十八分。機械へカードを入れようとして、ケースの裏から細い紙が落ちた。最初の旅行の日の切符だった。裏に小夜の字で日付が九つ並び、その下に書かれている。

〈十回目に、敬慈が何も言わなかったら、私から友達をやめる〉

最後の日付は今日。横には、震えた字で〈やめたかった〉と足されていた。

ホームへ駆け上がったとき、窓の向こうの小夜は通話中だった。紹介相手だろうと思った。だが彼女の唇は、敬慈の名前を一度だけ形にした。列車はその声より先に動いた。

払い戻し機の受付時刻は過ぎていた。敬慈は七百八十円を残したままカードを財布へ戻し、反対方向の最終列車に乗った。