反対ホームの未読

『三番線、自販機の前にいる』

二十二時四十一分。柏樹冬弥が送ったメッセージには、灰色の丸が一つついただけだった。

羽鳥環奈は「十分だけ待って」と言った。転勤を告げた夜、三年分の言い争いを一息で終わらせたあとに。だから冬弥は、空港行き最終列車の発車までを、その十分にした。

財布には、二人で初めて遠出した日の一日乗車券が残っている。端に環奈の字で〈帰りも隣〉と書いてあった。期限は三年前に切れているのに、捨てる理由だけが見つからなかった。

二十二時四十四分。未読。

自販機の灯りに、待っている自分だけが白く浮く。発車案内の青い光が床へ伸び、靴先を「行く側」と「残る側」に分けていた。ホームの向こうでは、赤いマフラーの女が何度も階段を見ていた。環奈に似ていたが、顔は柱に隠れている。

二十二時四十七分、構内放送が流れた。

「工事のため、空港方面は本日に限り四番線から――」

冬弥は表示板を見上げた。三番線と四番線は、線路を挟んで向かい合っている。さっきの赤いマフラーがこちらを向いた。環奈だった。彼女は口元に手を当て、何か叫んでいる。

冬弥も手を上げた。だが列車が滑り込み、二人の間を銀色の車体が塞いだ。

二十二時四十九分。ドアが開く。乗れば、朝の便に間に合う。乗らなければ、転勤先への赴任手続きは白紙になる。

まだ未読だった。

冬弥は車内へ入り、窓際に立った。発車ベルの途中で、携帯が震えた。

〈スマホの画面が割れて、あなたの文字が読めない。四番線の時計の下にいる。声で答えて〉

送信時刻は二十二時四十二分。駅の無料Wi-Fiにつながって、九分遅れで届いたらしい。

車体の向こうで、環奈が割れた携帯を胸に抱いていた。彼女の唇が、「行かないで」と動く。

閉まりかけたドアに、冬弥は一度だけ手を伸ばした。

財布の古い乗車券が指先に触れた。〈帰りも隣〉の文字は、何度も擦れて薄くなっている。

冬弥は手を引いた。

ドアが閉まる直前、環奈のメッセージに既読がついた。