取調室の締切

 部屋には窓がなく、鉄の机は床に固定されていた。

 私は録音機を置き、櫛森志津に九枚の写真を見せた。失踪した男女の顔だ。

「九人目について話してください」

「またそれ? 証拠がないから、何年も逮捕できなかったんでしょう」

 志津は笑った。私の肩越しに扉を見ている。外には誰もいない。

 私は事件の日付、遺留品、彼女が使った偽名を順に読み上げた。志津の笑みは、五人目の腕時計を見せたところで止まった。裏蓋に刻まれた傷の位置は、公表されていない。

「刑事さん、それをどこで?」

 私は答えず、旧植物園の写真を開いた。

「九人目は、温室から出ていない。違いますか」

 沈黙が二分続いた。

「井戸よ」

 ようやく志津が言った。

「東側の温室跡。井戸を埋めて、その上に紫陽花を植えた。あの人が私を笑ったから」

 私は一語も漏らさず記録した。動機、手順、残り八人の場所。志津は話すほど穏やかになった。告白すれば取引ができると思ったのだろう。

「これで自首扱いになる?」

「それを決めるのは私ではありません」

「弁護士を呼んで」

「ここには来ません」

 志津の目が、机の端に積んだ紙へ移った。捜査資料ではない。校正紙だった。表紙には〈櫛森志津連続失踪事件――最終章〉と印刷されている。

「あなた、警察じゃないの?」

「そう名乗ったことはありません」

 私は十年、この事件を追ってきた犯罪実録作家だった。警察が志津を参考人から外したあとも、遺族を訪ね、資料を集め、彼女の癖を調べた。再捜査の事情聴取だと信じ込ませるのは、難しくなかった。

「録音を警察へ渡すんでしょう」

「もちろん。原稿を完成させたあとで」

 志津は扉へ走った。取っ手は私の側にしかない。

 そのとき編集者から電話が来た。

『結末、決まりましたか』

 私は、扉を叩く音を聞きながら答えた。

「ええ。犯人は告白したあと、忽然と姿を消します」

『事実なんですか?』

 机の上には九枚の写真。私は空いた場所へ、志津の顔写真を並べた。

「これから事実になります」

 締切まで、あと三日あった。