同時接続は一人
久世が音声配信を始めたのは、話したいことがあったからではない。部屋の静けさが、冷蔵庫のうなりまで考え事に変えてしまう夜だったからだ。
午前一時四十八分。机のライトだけを点け、ノートパソコンへ小さなマイクをつなぐ。窓には雨が細く当たり、エアコンの送風口が、ふう、止まり、ふう、と同じ間隔でカーテンを揺らした。
配信タイトルは「十五分だけ、起きています」。
開始ボタンを押す。赤い丸が点く。最初の三十秒、同時接続はゼロだった。
久世は用意していた話をせず、マグカップの底に残った紅茶について話した。冷めると蜂蜜の甘さだけが目立つこと。洗うつもりで台所へ持っていって、また机へ戻したこと。自分でも、誰に聞かせる話なのだろうと思った。
空調が回る。雨が鳴る。パソコンのファンが少し速くなる。
二分を過ぎたところで、数字が一になった。
入室音は鳴らない設定にしていたから、誰がいつ来たのか分からない。コメントもない。ただ、画面の隅の「1」が、消えずに残っていた。
久世は急に上手に話そうとして、言葉を二度噛んだ。それから諦め、明日の朝は食パンを買うこと、ベランダの鉢に水をやり忘れたことを話した。数字は一のままだった。
十二分目、窓の外を車が通り、濡れた道路の音がマイクへ入った。久世が「今の、聞こえましたか」と言うと、しばらくして小さな月の印が一つだけ表示された。
十五分になり、配信を切る。赤い丸が消える直前、同時接続は一からゼロになった。
誰だったのかは分からない。もう会うこともないかもしれない。けれど十五分のどこかで、同じ雨音を受け取った人がいた。
机には、話すつもりで開いたままのメモが残っていた。箇条書きのどれも使わなかったが、失敗したとは思わなかった。予定の外に出た声も、十五分ぶんの夜だった。
久世はマグカップを台所へ運び、今度は戻さなかった。部屋のライトを一つ消す。冷蔵庫はまた低く鳴ったが、その音に説明をつけなくても、今夜は眠れそうだった。