君の向こう側
折原このみは、幼馴染の八尋冬馬が好きだった。
家が向かい同士で、幼稚園から高校まで同じ。朝は冬馬が玄関のベルを鳴らし、放課後はこのみの家で麦茶を飲む。彼があまりに自然に食卓へ座るので、母は「うちの次男」と呼んでいた。
このみは、それを少しだけ特別な意味に読み替えていた。
夏祭りの夜、二人は子どもの頃からの場所――神社裏の石段へ逃げた。打ち上げ花火のたび、冬馬の横顔が明るくなっては消えた。
「話って何」
「先に言っていい?」
「どうぞ」
「冬馬が好き。たぶん、ずっと」
言い終えると、胸が軽くなった。返事を待つ数秒だけは、これまでの十五年より長かった。
冬馬は膝の上で手を組み直した。
「ごめん」
「うん」
「理由、聞かないの」
「聞いたら、もっと痛いやつ?」
「たぶん」
このみはラムネを一口飲んだ。炭酸が喉に刺さる。
「じゃあ聞く。幼馴染の義務として」
冬馬は花火ではなく、このみの家の二階を見た。そこは兄の仁朗の部屋だった。春から県外で暮らしていて、今夜も祭りには帰っていない。
「俺が折原家へ入り浸ってたの、半分はお前の兄ちゃんに会いたかったから」
「……半分?」
「残り半分は、お前といるのが楽しかった」
去年、冬馬は仁朗本人に告白し、やんわり断られたという。弟のようにしか思えない、と。
このみはしばらく黙り、それから笑った。
「私たち、同じ家で片思いしてたんだ」
「ごめん」
「謝らないで。私だって、自分が見たいように見てた」
幼い頃、冬馬が兄の帰宅音にだけ敏感だったこと。三人で写真を撮ると、彼の視線がいつも少し上へ向いていたこと。知っていたのに、知らないふりをしていた。
最後の花火が上がった。
「明日も迎えに来る?」
このみが訊く。
「行っていいなら」
「幼馴染として」
「それ以外にはなれない」
「今日だけは、言い方が正直すぎる」
二人は肩をぶつけて笑った。恋が終わったあとにも、隣に座る場所は残っていた。
帰り道、冬馬はいつものように車道側を歩いた。
このみはもう、それを愛の証拠には数えなかった。
それでも優しさとしては、ちゃんと受け取った。