告白すると昨日になる
伏見塔子が矢島丈晴に「好き」と告げるたび、世界は午前六時十分へ戻った。
最初は駅のホームだった。丈晴が月面移民船へ乗る八分前、塔子が泣きながら告白すると、次の瞬間には自室の目覚ましが鳴っていた。
二度目は昼休み。
三度目は横断歩道。
七度目には「友達としてではなく大切です」と遠回しに言ったが、やはり朝へ戻った。
十九度目、彼の搭乗券を隠した。丈晴は再発行して乗った。
二十六度目、発熱したふりをした。彼は病院まで付き添い、発射三分前に駆け込んだ。
何度繰り返しても、丈晴は月へ行った。
選抜された植物培養士として、帰還予定のない開拓団へ加わる。それは十歳からの夢だった。塔子には、彼を引き止める正しい理由が見つからなかった。
三十一度目の午後、二人は港の展望室で紙コップのコーヒーを飲んだ。
「今日の塔子、変だな」
「今日だけじゃないよ」
「知ってる」
彼は笑った。その笑顔を、塔子は三十回見送っていた。
声にすれば、また朝になる。
そこで塔子はレシートの裏に書いた。
〈丈晴が好きです。三十一回目の今日も〉
差し出した瞬間も、時計の秒針は進み続けた。
丈晴は何度も読み、顔を上げた。
「僕も好きだ」
「いつから?」
「出発を決めるより前から」
「だったら、どうして」
「言えば、どちらかが夢を捨てる話になると思った」
搭乗案内が流れた。発射まで八分。
「今なら残れる」
丈晴が言う。
塔子は首を振った。
「残らないで。この一日を三十回もやり直して分かった。私は丈晴と一緒にいたい。でも、夢を諦めた丈晴と一緒にいたいわけじゃない」
「待っていてとは言えない」
「待たない。忘れる約束もしない」
二人は残り八分だけ恋人になった。
手をつなぎ、くだらない話をし、最後の一分でようやく抱きしめた。
扉が閉まり、移民船は夜空へ昇った。
時計は十八時四十分を越えた。
翌朝、塔子は六時十一分を初めて迎えた。
昨日の続きにある朝だった。
丈晴のいない一日は、三十一回のどの日より寂しかった。
それでも彼女は目覚ましを止め、窓を開けた。
告白は彼を引き止めなかった。
ただ、終わらなかった昨日を、ようやく二人の思い出に変えた。