四人分にはしない食卓
磯谷万里恵は、藤森颯久と暮らす部屋から、自分の皿だけを箱へ入れた。
颯久の娘・明日羽が心臓の手術を受けてから、病院では毎日、颯久と元妻の秋月由衣が並んでいた。二人は交代で眠り、医師の説明を同時に聞き、明日羽が目を覚ますと同じ顔で泣いた。
万里恵も見舞いへ通った。
けれど病室の窓に映る三人は、欠けた家族ではなく、長く離れていた家族が戻りつつある姿に見えた。
退院前夜、颯久は言った。
「明日羽が落ち着いたら、四人で食事しよう。由衣も、たぶん……」
そこで言葉を止めた。
四人。
最初に思い浮かべたのは三人で、あとから万里恵を足したのだと分かった。
「颯久」
「何?」
「明日羽ちゃん、家へ帰りたがってるね」
「うちに来てもらう。部屋は何とかする」
「そうじゃなくて。お父さんとお母さんがいる家へ」
颯久は黙った。
否定しなかったことが、何より正直だった。
「由衣とは、もう終わってる」
「終わっていたんだと思う。でも明日羽ちゃんを真ん中にして話すとき、あなた、昔の笑い方に戻るよ」
「だからって、万里恵を捨てる気はない」
「捨てられるまで待つのは嫌だな」
万里恵は笑って、台所から退院祝い用のプリンを出した。明日羽の好きな苺味だった。
「三人で食べて」
「君も来ればいい」
「四人分の食卓にしたら、あなたは私へ気を遣い、由衣さんは席を遠慮して、明日羽ちゃんは全員の顔を見る。そんな退院祝い、あの子にさせたくない」
「勝手に身を引かないでくれ」
「うん。これは聖人みたいな身引きじゃない。あなたが誰かへ戻る途中で、私を好きだった証明のために置いておくのが苦しいの」
颯久の目から涙が落ちた。
万里恵も泣きたかったが、プリンの蓋をきれいに閉めた。
翌朝、彼女は鍵を返した。
玄関で颯久のコートの襟を直し、病院へ向かう背中を笑顔で送り出した。
「明日羽ちゃんに、おかえりって言ってあげて」
「万里恵」
「早く。苺味、ぬるくなるよ」
扉が閉まってから、笑顔はすぐ崩れた。
それでも追わなかった。
一週間後、明日羽の退院を知らせる写真が届いた。
颯久と由衣が左右に立ち、真ん中で明日羽が笑っている。
万里恵は泣きながら、祝福の印を一つだけ返した。
自分がいないことで完成する幸福を認めるのは、愛されなかったことより痛かった。
けれど彼女は、好きだった人の帰る場所へ、自分の椅子を無理に置かなかった。