四十二平方メートルの空白
円城寺まひると連城史門は、七年暮らした部屋を、驚くほど公平に分けた。
本棚は一段ずつ。
皿は二枚組を一枚ずつ。
鉢植えは、水をやった回数ではなく、買った人が持っていく。
二人で選んだソファだけは、どちらも欲しがらず、回収業者へ渡した。
別れの理由は、誰かの裏切りでも、大きな喧嘩でもなかった。
嬉しいことを最初に話す相手が、いつの間にか互いではなくなっていた。
まひるは職場の同僚へ、史門は学生時代の友人へ連絡し、そのあと食卓で「そういえば」と報告した。
「もう、恋人というより共同生活者だね」
史門が言った。
まひるは否定できなかった。
引っ越しの日、史門の箱が先に運び出された。
玄関で彼は部屋を見回した。
「四十二平米って、こんなに広かった?」
「ソファがないから」
「それだけかな」
史門がいなくなると、まひるは残った物を片づけた。
鋏を探して、いつもの引き出しを開ける。そこにはなかった。
史門が工具箱へ移したのだと思い出す。
工具箱はもうない。
夜、味噌汁を温めた。
二人分の癖で水を多く入れ、薄くなった。
塩を足そうとして、史門なら味噌を足すと言っただろうと思う。
誰も言わない。
失ったのは、皿でもソファでもなかった。
鋏がどこにあるか知る人。
味噌汁の失敗を、味見する前に当てる人。
眠れない夜の足音を、わざと聞かなかったふりをする人。
そういう細い糸が、部屋じゅうに張られていた。
史門が出ていったことで、糸だけが一斉に切れた。
翌週、管理会社の担当者が更新書類を持ってきた。
「お一人ですと、少し広いかもしれませんね」
「四十二平米ですから」
「面積は変わりませんけど」
まひるは笑った。
面積は変わらない。
けれど部屋には、失われたものの形だけ空間が増えていた。
数日後、史門から短い連絡が来た。
〈鋏、僕の箱に入ってた。送ろうか〉
まひるは〈新しいのを買ったから大丈夫〉と返した。
本当は、同じ鋏が欲しかったのではない。
それを探す前に場所を教えてくれる人が、もう戻らないことが寂しかったのだ。
新しい鋏はよく切れた。
まひるは届いた段ボールを一人で開け、空いた棚へ一人分の皿を並べた。
四十二平方メートルは、以前より広く、以前より正確に彼女一人の部屋になった。
そしてその広さ全部が、七年かけて失ったものの大きさだった。