地図にない矢印
討伐隊が黒岩回廊へ入るたび、ユルヴァは最後尾で壁に白い矢印を描いた。
「また落書きか。地図係の寄与率は1%だぞ」
剣聖アゼルクが笑うと、前衛たちも笑った。戦果盤が測るのは、誰がどれだけ魔獣を傷つけたか。剣を抜かず、荷物から白墨ばかり取り出すユルヴァの数字は、いつも最低だった。
今回の標的は、岩の中を泳ぐ地脈竜。姿を現すのは噛みつく瞬間だけで、前回の討伐隊は足元から崩されて撤退していた。
ユルヴァは壁に耳を当て、矢印を描き直した。
「次は、そこです」
「命令するな」
アゼルクが吐き捨てた直後、矢印の先から竜の顎が飛び出した。剣聖の大剣が偶然そこに重なり、鱗を割った。
歓声が上がる。ユルヴァはもう次の壁へ走っていた。白墨は竜の進路ではない。地面に潜る前、竜が息を吸う場所を結んでいた。回廊の細い亀裂を通る空気の音だけが、次の出現点を教えてくれる。
「右へ少し――いえ、白い印まで!」
魔術師が印の上へ炎を落とし、槍兵が印から退く。地脈竜は攻撃するたび、待ち構えた刃と魔法に自ら頭を差し出した。
最後の矢印は、行き止まりの壁を指した。
アゼルクは勝ち誇って大剣を構えたが、ユルヴァは彼ではなく天井を見た。竜が息を吸う低い音。彼女は白墨を真上へ投げた。
白い粉が竜の瞼に貼りつき、その巨体が天井から落ちる。全員の攻撃が同時に核を砕いた。
帰還後、アゼルクは討伐証明に署名しようとした。だが戦果盤が赤く明滅し、地脈の振動記録と隊員の攻撃位置を重ね始める。
命中した攻撃は、すべて白い矢印の直後だった。
アゼルクの手から羽根ペンが落ちる。
ユルヴァは白墨で汚れた指を、黙って外套にこすった。
見守っていた若い斥候たちは、アゼルクではなくユルヴァの背後へ並んだ。次の遠征地図を差し出された彼女は、空白の中央へ最初の矢印を引く。剣聖が命令を待つ側へ回ったことを、白い線だけがはっきり示していた。
白墨を笑っていた者たちの靴にも、帰還路を示す白い粉が残っていた。
【再算定完了】
【ユルヴァ・討伐寄与率:1% → 96%】
【隊内順位:最下位 → 首位】
【役職更新:地図係 → 討伐指揮官】