地図を逆さにした夜
迷宮都市レグナの地下十二層で、地図師のミレナは方角を一つ読み違えた。
「東じゃない。西だった」
告げた瞬間、背後で石扉が落ちた。帰還路は閉ざされ、依頼の制限時間も過ぎる。前のパーティーでも、彼女は一度の失敗で荷物ごと宿の外へ放り出された。
剣士ガルドは黙って壁を蹴った。神官セリオは砂時計を見て息を吐き、斥候のフィアナは折れた矢を捨てた。
誰も責めなかったことが、かえって怖い。
今回の地図は、ミレナが三晩眠らず描いたものだった。水脈の音、苔の向き、魔力灯の揺れまで記してある。その一箇所だけ、紙を乾かす時に上下を取り違えた。たった一度の裏返しで、百箇所の正解まで無価値になる気がした。
三人が黙っていたのは怒りを堪えているからだと思った。だがガルドは肩を怪我したセリオの包帯を巻き、フィアナは残りの水を四等分していた。いつも通りの手順に自分の分が含まれていることを、ミレナは怖くて見ないふりをした。
地上へ戻ったら、三人とも別の地図師を雇うのだろう。ミレナは予備の羊皮紙を畳み、せめて迷惑を増やさぬよう一人で残る穴を探した。
フィアナが保存食を四つに割る音だけが、閉じた通路に響いていた。
「私はここで道を測り直します。皆さんは非常口へ」
ガルドが腰の長剣を鞘ごと差し出した。
「預ける。両手が空いたほうが壁を壊しやすい」
それは彼が眠る時でさえ手放さない剣だった。
セリオは崩れた柱の前に毛布を敷き、自分の隣を半人分だけ空ける。
「測り直すなら、灯りが要る。私はここで祈祷灯を保つ」
フィアナは天井の通風孔へ細い糸を結び、地上にいる馭者へ合図を送った。
「馬車には夜明けまで待てって伝えた。追加料金は私の取り分から出す」
ミレナは三人を見回した。
「でも、依頼は失敗です」
「依頼はな」
ガルドが石壁へ拳を当てる。
「パーティーは失敗してない」
セリオの灯りが新しい亀裂を照らし、フィアナの糸が風に揺れた。ミレナは羊皮紙をもう一度広げる。今度は三人の膝が、その四隅を押さえた。
地図の余白に、帰還路を示す線が四本並んだ。