城壁の裂け目を縫う針子
魔王軍が王都へ迫った日、リゼッタは城壁の上で兵士の外套を繕っていた。
「針子は地下へ逃げろ。結界師の邪魔だ」
隊長に肩で押され、糸籠が石床へ転がる。笑ったのは、昨日まで彼女に破れた靴下を押しつけていた宮廷魔術師たちだった。
成人の儀で授かった表示は、十年間変わっていない。
【固有スキル《裁縫》:裂けた布の両端を合わせ、糸で接合する】
布にしか使えない外れ技能。そう決めつけられ、リゼッタはどれほど丈夫な軍旗を縫っても、戦功に数えられなかった。前の戦では、彼女が補修した天幕だけが暴風に耐えた。それでも報告書には「魔術師の防風結界」と書かれ、針子の名は一文字も残らなかった。
空が白く割れた。
魔王軍の破城槍が、王都を覆う大結界に亀裂を入れたのだ。透明な裂け目は塔から塔へ走り、その向こうで無数の魔獣が牙を鳴らす。結界師たちが魔力を注ぐほど亀裂は広がった。
「構造式が崩れている! もう張り直せない!」
王は退路を問う。隊長は城門を閉ざし、外に残った避難民を見捨てるよう命じた。
そのときリゼッタには、誰にも見えないものが見えた。亀裂の両側から、青白い繊維がほつれている。結界は壁ではない。魔力を幾層にも織った、一枚の布だった。
彼女は落ちた糸籠から、王家の軍旗を縫った銀糸を一本抜いた。
「邪魔をするな!」
腕をつかんだ魔術師へ、リゼッタは針先を向ける。
「十年、あなた方が破いたものを直してきました。裂け目の扱いなら、私のほうが上です」
針を空へ通す。
一針目で塔ほどあった亀裂が寄り、二針目で魔獣の爪が外側へ押し戻された。三針目。銀糸が城壁の端から端まで走り、破城槍の穂先ごと裂け目を縫い閉じる。
突進の勢いを失った魔王軍が、見えない壁に折り重なった。外にいた避難民だけが、縫い残した小さな口から王都へ転がり込む。
静まり返った城壁で、隊長が膝をついた。
王が何か褒賞を告げるより早く、リゼッタの視界を金色の文字が覆った。
【職業《雑役針子》が上位職《界縫聖》へ書き換わりました】