壁を叩くのは三階の幽霊
古いマンション〈月乃荘〉では、毎晩十一時になると、二〇三号室の壁が三回鳴った。
どん、どん、どん。
住人の大角豆連司は、管理人へ訴えた。
「三階の人です。真上から叩いてる」
「三〇三号室は半年空室です」
「では幽霊です」
「結論が一階分飛びましたね」
管理人は隣室の女性を呼んだ。
「二〇二号室からでは?」
「失礼ね。私は壁を叩かない」
「昨夜、“静かにして”と叫びましたよね」
「幽霊に言ったの」
「幽霊へ生活指導を?」
一階の住人まで加わった。
「配管を通じて音が上がってるんだ」
「一階のあなたが叩いてる?」
「うちは逆に天井を叩かれてる」
「誰に?」
「二階の連司さん」
「僕は三階を叩いてます」
「全員叩いてるじゃないですか」と管理人。
話し合いは、誰が最初に叩いたかという裁判になった。
「私は十一時二分に一回だけ」
「僕は十一時三分に抗議で三回」
「私はその返事に二回」
管理人が表へ書く。
「幽霊を含めると合計九回ですね」
「含めない選択肢があるんですか」
「今のところ人間だけで八回あります」
その夜、全員で三〇三号室へ入った。空室には家具もなく、床には埃が積もっている。
十一時。
どん、どん、どん。
音は壁の中からした。
隣室の女性が連司を指す。
「ほら、あなたが連れてきた霊よ」
連司は一階の住人を指す。
「下から上がってきたんだ」
管理人は壁を見つめる。
「建物の霊なら、所有者の責任でしょうか」
「修繕積立金で除霊できます?」
もう一度、どん。
管理人が壁の点検口を開けた。中から、配管に結びついた細い紐が出ている。紐の先は屋上へ続いていた。
屋上では、風に揺れた古い物干し竿が紐を引き、配管を三回ずつ叩いていた。
連司が言った。
「では幽霊ではない?」
管理人はうなずいた。
その瞬間、一階から天井を叩く音がした。
「今のは?」
一階の住人が答えた。
「解決したなら静かにしろ、という私です」
管理人は掲示板へ〈夜間の壁叩き禁止。幽霊も含む〉と貼った。
月乃荘で一番しつこかったのは、生きている住人だった。