夜の黒板に星を描く
天文部の活動停止が決まった日の夜、私たちは校舎へ戻った。
正門は閉まっていたが、体育館脇の通用口は、用務員さんが最後に確認するまで十分だけ開いている。昼間に見つけたその隙を、二人とも大人には言わなかった。
三階の教室へ入り、カーテンを閉める。彼は鞄から蓄光チョークを出した。
「最後に、ここを夜空にしよう」
天文部は部員不足で廃部になる。彼は春から県外へ転校する。私は残る。昼休みに聞いた二つの知らせを、まだ別々のこととして受け止められなかった。どちらも、私たちの放課後を急に終わらせる知らせだった。
黒板へ夏の星座を描いた。彼が星を打ち、私が線を結ぶ。形の悪いさそり座、腕の長すぎる白鳥座。教科書どおりではないのに、二人で見た夜空には近かった。
廊下で足音がした。
私たちは教卓の下へ潜り、息を止めた。懐中電灯の光が扉の窓を横切る。彼の肩が私の肩へ触れた。笑いそうになるのを、互いの袖をつかんでこらえた。
足音が遠ざかると、彼が小声で言った。
「転校、嫌だ」
昼間は「仕方ない」としか言わなかった人の声だった。
「私も、廃部嫌だ」
大人に言えば、事情を説明され、納得するよう求められる。だから今夜だけは、嫌だという言葉を黒板へ残した。
最後に教室の照明を消した。
緑色の星々が浮かび上がった。机も窓も見えなくなり、黒板だけが夜空になった。
「離れても、同じ星は見えるって言うけど」
彼が言った。
「それ、慰めにならないよね」
「うん。同じ場所で見たい」
私は返事の代わりに、黒板の端へ小さな星を二つ並べて描いた。線は結ばなかった。離れていても、同じ星座だと私たちだけが知っていればいい。
翌朝、先生は光る黒板を見て驚いた。犯人探しは始まらなかった。天文部最後の展示ということになり、昼休みには教室が人でいっぱいになった。
誰も、二つの小さな星の意味を知らない。
彼が転校したあとも、私はその写真を消さなかった。夜の学校へ忍び込んだことより、嫌だと言えた十数分のほうが、ずっと大切な秘密になった。