夜勤明けの小さな郵便受け

母が亡くなってから、父と私は同じ家で時差生活を始めた。

父は冷蔵倉庫の夜勤へ出て、私が学校へ向かうころ帰ってくる。夕食にはラップがかかり、朝食には空の椅子がある。喧嘩をしたわけではない。ただ、母のいない食卓で何を話せばいいのか、二人とも分からなかった。

家族でいちばん会話が多いのは、ゴールデンハムスターのポルカだった。

私が眠る前に餌を入れ、父が夜明けに水を替える。二重に餌をやらないよう、ケージの上へ洗濯ばさみで紙を留めた。

〈餌、済〉

〈水、済〉

〈床材、週末に買う〉

やがて、用件が少しずつ増えた。

〈数学の追試、済。たぶん落ちた〉

〈弁当、冷蔵庫。卵焼きは焦げた〉

〈ポルカ、百二十七グラム。俺、測定拒否〉

父の字で冗談を読んだのは、母の葬儀以来だった。

ある夜、私は紙の端へ書いた。

〈美術大学を受けたい。お金がかかる。無理なら言って〉

翌朝、返事はなかった。その次も、その次も。代わりに父の夜勤が一日増えた。私は、無理だという意味だと思い、願書を机の奥へしまった。

四日目の朝、ポルカの巣箱から紙の切れ端が出ていた。父の給与明細だった。巣材にしようと引き込んだらしい。夜勤手当の欄には、見たことのない額が並んでいた。

腹が立った。

帰ってきた父へ、初めて玄関で言った。

「勝手に働いて、勝手に答えにしないで」

父は靴も脱がず、うつむいた。

「学費のためじゃない」

「じゃあ何」

「家にいると、母さんの椅子を見るからだ。夜なら逃げられた。おまえのことまで見ないで済んだ」

父は、しわだらけの願書を差し出した。

「金は、一緒に計算させてくれ。奨学金も学校も調べる。賛成か反対か、その前に、話を聞かせてほしい」

私たちは午前六時に食卓へ座った。私は描きたい絵のことを話し、父は卵焼きを食べた。焦げていると言いながら、二つとも食べた。

ケージの上の紙には、その日から新しい欄ができた。

〈餌〉〈水〉〈今日あったこと〉

夜勤をすぐには辞められない。悲しみも、時差も消えない。それでも一日に一行ずつ、私たちは同じ時間へ戻っていった。

ポルカだけが、二人の話し声を聞きながら昼の巣箱で眠っていた。

小さな郵便受けは、もう必要なかった。