夜行バスの申込書

進路指導室の前に、東京行きの夜行バスのパンフレットが置かれていた。

親友はそれを二部取り、一部を私へ差し出した。

「オープンキャンパス、一緒に行こう」

私は受け取らなかった。

進路希望調査には、地元の短大と書いた。家から通えて、学費も抑えられる。母は「助かる」と言い、担任は「堅実だ」と赤い丸をつけた。

けれど本当は、親友と同じ東京の映像学科へ行きたかった。

放課後の教室で、親友は机の上に二枚の申込書を並べた。

「締切、今日」

「私は行かない」

「どうして」

「うち、そんな余裕ないから」

初めて口にすると、言葉は思ったより薄かった。父が仕事を減らしたこと。弟も来年受験であること。東京で暮らせば、学費以外にも毎月お金がかかること。夢は数字にすると、急に贅沢品になる。

親友は黙って申込書を見た。

「奨学金、調べた?」

「借金でしょ」

「そうだけど、調べてから怖がろうよ」

正しい言葉ほど腹が立った。

「簡単に言わないで。そっちは行けるから」

親友の顔が固まった。

しばらくして、彼女は自分の申込書を破った。

「じゃあ私も行かない」

「何で」

「一人で行っても、話せる相手いないし」

私は破れた紙を拾った。

「そんなことで決めないで」

「同じこと言ってる」

その一言で、二人とも黙った。

窓の外では野球部が片づけを始め、白線が夕暮れに消えていった。

私は机の引き出しから進路希望調査を出した。第一希望の欄は、何度も消した跡で毛羽立っている。

「行けるか分からない。でも、見に行くだけなら」

親友はもう一枚の申込書を私へ押した。

「二部取ったの、最初からそのつもり」

夜、母に話した。すぐに賛成はされなかった。お金の話になり、私は泣き、母も少し泣いた。

それでも翌朝、申込書には保護者印が押されていた。

夜行バスの座席は、親友と隣だった。

東京の大学へ進めるかは、その時点では何も決まっていない。ただ、地元に残ることも上京することも、行けるかどうかを調べる前に諦める選択にはしたくなかった。

バスが高速道路へ入るころ、親友が窓へ額をつけた。

「怖い?」

「うん」

「私も」

東京の灯りはまだ見えなかった。

けれど申込書を出した日から、私たちは同じ夢ではなく、それぞれの現実を隣で見るようになった。