姉だった母の味噌汁
祖母の葬儀を終えた夜、私は仏壇の引き出しから養子縁組の書類を見つけた。
養母は、今日骨になった祖母。
実母の欄には、二十七年間「姉さん」と呼んできた人の名前があった。
台所では、その人が味噌汁を温めていた。
「説明して」
書類を置くと、姉さんは火を止めた。
「私が十七のときに、あなたを産んだの」
相手とは別れ、学校も辞めかけた。祖父母が私を娘として育てることを決め、姉さんには家を出て働くよう勧めたという。
「捨てたの?」
「育てられなかった」
「同じでしょ」
「あなたには、そう聞こえると思う」
言い返さないことが、かえって腹立たしかった。
毎週火曜に帰ってきたこと。自転車の練習をしたこと。卒業式では家族席ではなく、後ろの壁際から見ていたこと。全部、姉としての思い出だと思っていた。
「どうして途中で言わなかったの」
「一度言おうとすると、お母さんが倒れた。次は受験、その次は就職。あなたの大事な時期を壊したくないって、先延ばしにした」
「結局、自分たちが怖かっただけじゃん」
「うん」
姉さんの声が震えた。
「母親になれなかったことより、姉としても嫌われるのが怖かった」
鍋の味噌汁が冷めていく。
私は椀を二つ並べた。姉さんがよそった味噌汁は、祖母のものより薄かった。
「味、違う」
「お母さんは最後に赤味噌を少し足してた」
「知ってるなら、同じにできたでしょ」
「同じ味にしたら、私がお母さんの場所を取る気がして」
その言葉で、ようやく分かった。
この人も二十七年間、姉と母のあいだで、自分の席を決められずにいたのだ。
「今すぐ母さんとは呼べない」
「呼ばなくていい」
「でも、もう姉さんだけとも思えない」
「うん」
「だから、これから決める。勝手に決めないで」
姉さんは泣きながらうなずいた。
私は赤味噌の容器を取り出したが、鍋には入れなかった。
「今日は、この味のまま食べよう」
祖母と同じではない味。
姉だけでも、母だけでもない人が作った味。
二人で向かい合って飲むと、少し薄くて、まだ名前のついていない関係によく似ていた。