宛名は星屑先生
月曜の朝、経理部に届いた段ボールには、真帆の本名ではなく、太い文字で「星屑文庫 御中」と印刷されていた。
休日に受け取るはずだった新刊二百冊。配送日の指定を一日間違え、登録先も会社のままだったらしい。
真帆は伝票を見たまま動けなかった。隣の島では、先輩たちが週末の話をしている。誰かが以前、同人誌即売会のニュースを見て「大人になってもああいうことするんだ」と笑った声まで思い出した。真帆はその場で笑えず、ただ電卓のキーを強く押した。以来、イベント帰りの紙袋さえ駅のロッカーで無地の鞄へ入れ替えている。
「真帆さん、これ、会議資料の見本ですよね」
入社二年目の後輩が、段ボールの前に立った。返事を待たず、台車を持ってくる。
「倉庫に入れます。伝票、こっち向けないほうがいいですよね」
二人で資料室まで運ぶ間、箱の中で本の角がかすかに擦れた。真帆は小声で言った。
「違うの。私が描いた本」
後輩は台車を止めなかった。
「知ってます」
資料室の扉が閉まる。彼女は社員証の裏から、角の丸くなったショップカードを取り出した。星屑文庫のロゴと、真帆が描いた双子の魔女が印刷されている。
「去年、初めて一人でイベントに行ったとき、これをもらいました。作者さんの顔は見られなかったけど」
真帆は、机の下ばかり見て会計していた自分を思い出した。
「会社では言わないで」
「もちろんです。でも、恥ずかしいものみたいには運びません」
後輩はそう言って、箱を棚のいちばん乾いた段に置いた。上に積まれていた古い帳票までどけ、角が潰れないよう左右を空ける。
昼休み、真帆は箱を一つ開けた。インクと紙の匂いが、蛍光灯の白い部屋に広がる。奥付には、いつものように星屑文庫とだけある。
一冊抜き取り、表紙裏にペンを置いた。
これまでサインを求められるたび、星のマークだけで済ませていた。今日はその下に、ゆっくり書く。
――星屑文庫 真帆。
後輩に渡すと、彼女は声を上げず、両手で受け取った。
真帆は残りの箱の伝票を裏返さなかった。