室内を映すインターホン

 桐生奏太が初めて一人で留守番をしたのは、十歳の土曜日だった。

 両親は町内会の集まりへ出る前に、何度も同じことを言った。

「九時には帰る。鍵は持っているから、私たちでも呼び鈴は鳴らさない。誰が来ても出なくていい」

 六時二十三分、呼び鈴が鳴った。

 奏太は玄関脇のモニターをつけた。映っていたのは廊下ではなく、居間だった。天井近くから見下ろす画面の中で、奏太自身がテーブルに座っている。

 故障だと思った。だが画面の奏太の背後で、押入れがゆっくり開いた。

 振り返る。現実の押入れは閉じている。

 二度目の呼び鈴。

 画面の押入れから、知らない子どもが半分だけ顔を出していた。奏太と同じ髪形、同じパジャマだったが、目と口の位置が少しずつずれている。

 三度目には、その子が画面の奏太の肩へ手を置いた。

 母から電話が来た。

『変わったことはない?』

「インターホンが、家の中を映してる」

 しばらく沈黙したあと、母は小さな声で言った。

『画面を消して。後ろを見ないで。そこにいるのが誰でも、返事をしちゃだめ』

 電話の向こうで、同時に同じ言葉が聞こえた。母の声より少し遅れて、家のどこかから。

「そこにいるのが誰でも、返事をしちゃだめ」

 奏太はモニターの電源に手を伸ばした。

 画面の中の子どもも手を伸ばした。

 指先が触れた瞬間、ガラスが冷たい水のようにへこんだ。背中を押され、奏太は声を上げた。

 次に目を開けたとき、彼は四角い画面の奥から居間を見ていた。

 知らない子どもが奏太の椅子に座り、奏太の声で母と電話をしている。

「うん。何もないよ。ちゃんと留守番してる」

 九時、両親が鍵を開けて帰ってきた。偽物は駆け寄り、母に抱きついた。母は髪を撫で、父は菓子袋を渡した。

 奏太は画面を叩いた。呼び鈴だけが鳴った。

「また鳴ったね」

 偽物が言った。

「外には誰もいないよ」

 母がモニターをのぞいた。画面の中では、本物の奏太が泣きながら手を振っている。

 けれど母には、暗い廊下しか見えないらしい。

「故障ね。明日、外してもらおう」

 翌朝、父が配線を抜いた。

 画面は真っ暗になった。

 次の土曜日、両親は偽物に言った。

「少し買い物へ行ってくる。留守番をお願いね」

 玄関が閉まる直前、電源のないモニターが一度だけ明るくなった。

 奏太のいる暗闇へ、また別の家の居間が映り始めた。