室外機の白い息
茉白が新しい部屋で迎える最初の夜は、段ボールの匂いがした。
食器、冬服、本。箱の側面には太いペンで中身を書いたのに、どれから開ければ暮らしになるのか分からない。午前一時を過ぎても、天井の照明は引っ越してきたときと同じ白さで、床に四角い影を並べていた。
暖房が止まる。
冷蔵庫が低く鳴る。
また暖房が動き出し、ベランダの室外機が、ごう、と回る。
茉白はカーテン代わりに掛けていた薄い布をめくり、窓を開けた。二月の空気が、箱だらけの部屋へ細く入り込む。ベランダの床は昼の雨でまだ濡れ、向かいの建物の非常灯が水の上に緑色の線を引いていた。
室外機は回り続ける。羽根の奥から白い息のような湯気がほどけ、すぐ暗さへ消えた。
細い路地の向こうでも、別の室外機が動き始めた。少し高い音だった。二つの機械は同じ速さではなく、茉白の足元では低く、向こうでは軽く、それぞれ勝手に夜を温めている。
やがて、斜め上のベランダに明かりがついた。
カーディガンの袖だけが現れ、物干し竿から白いタオルを一枚外した。手はタオルを胸元へ抱え、すぐガラス戸の向こうへ引っ込んだ。戸が閉まる音。明かりが消える。
誰だったのか、茉白には分からない。こちらを見てもいなかった。それでも、こんな時間に洗濯物を思い出す人がいることだけが、夜の片隅に残った。
室外機が止まる。
急に広がった静けさの中で、茉白は自分の呼吸を一度だけ聞いた。
部屋へ戻り、「寝具」と書いた箱を開ける。必要な毛布を一枚抜き、残りはそのままにした。全部を今夜のうちに暮らしへ変えなくていい。
箱を閉じると、剥がれかけたガムテープが小さく戻ろうとした。茉白は指で押さえず、そのままにする。窓の外では、さっきタオルが消えたベランダに暗さだけが戻っていた。明日になれば知らない町の音も増える。今はまだ、一つずつでよかった。
照明を消すと、カーテン代わりの布の端から、向かいの非常灯が細く差した。
茉白はその緑の線を残したまま、まだ組み立てていないベッドの横で毛布にくるまった。