家主を認識できません

 祖父が鍋を火にかけたまま畑へ出たのをきっかけに、孫は家じゅうをスマート化した。

「火は自動で消える。玄関は顔で開く。電気も声でつく」

「俺の家なのに、家へ命令するのか」

 祖父は不満そうだったが、孫は便利さを実演した。

「照明、つけて」

『承知しました。暖房を二十六度に設定します』

「違う」

「方言が強いんだよ」

 祖父は壁のスイッチへ手を伸ばした。だが交換済みのパネルには、押せる場所がない。

「前のほうが一回でついた」

 数日後、祖父から電話が来た。

「家に入れん」

 顔認証は、新しく買った帽子と眼鏡で祖父を別人と判定していた。孫が遠隔操作で鍵を開けると、祖父は玄関へ入らず、敷居の外に立ったまま言った。

「この家は、俺よりお前を家主だと思ってる」

「安全のためだよ」

「安全なら、持ち主を締め出していいのか」

 孫は言い返せなかった。

 その晩、二人で設定をやり直した。

 玄関には物理鍵を戻した。

 火を消す機能は残し、作動したら祖父にも音で知らせる。

 照明には大きな押しボタンを付けた。

 遠隔カメラは、祖父が許可した玄関と台所だけ。

「停電が二時間以上続いたら?」

「予備電源が切れる」

「その先は俺の番だ」

 祖父は懐中電灯、分電盤、ガスの元栓を孫へ教えた。古い家にも操作方法はあり、その一部は祖父の頭の中にあった。

「不便になった」

 孫が言うと、祖父は首を振った。

「俺には便利になった」

 最後に音声機器へ、祖父の声を学習させた。

「電気、頼む」

『すみません。聞き取れませんでした』

「ほらな」

 孫は笑い、祖父の隣で同じ言葉を繰り返した。二人の声を十回、二十回と登録する。

 翌朝、祖父が一人で言った。

「電気、頼む」

 照明がついた。

『おはようございます』

 祖父は天井を見上げた。

「お前、少しは話が分かるようになったな」

 夕方、孫の端末へ通知が来た。

〈家主が照明を点灯しました〉

 家主、という表示は祖父の名前に直してあった。

 技術を増やすことが、暮らしを奪うことにならないように。

 孫はその通知を、初めて安心して閉じた。