家族を自動補完します
榛名珠緒は、母の還暦祝いに古い家族写真をデジタル化した。
写真修復アプリは、色褪せや傷を直すだけでなく、「欠損した人物も自然に補完します」とうたっていた。試しに、珠緒が五歳のころの写真を読み込む。両親と珠緒、妹の四人が並ぶ一枚だ。
処理後、父と珠緒の間に少年が立っていた。
中学生くらいで、父に似た眉と、珠緒に似た口元をしている。
〈家族構成を補完しました〉
気味が悪くて元画像に戻した。だが翌朝、スマートフォンの写真はすべて五人家族になっていた。運動会にも、海水浴にも、少年がいる。どの写真でも、彼だけが正面を向いていなかった。
母へ電話すると、「何を言ってるの」と笑われた。
『お兄ちゃんのこと? 珠緒より三つ上の』
珠緒に兄はいない。
ところが実家へ行くと、玄関に男物の靴があり、居間には少年の成長写真が並んでいた。大学の卒業式、結婚式、赤ん坊を抱く姿。最後の写真では、四十歳ほどの男が両親の肩を抱いている。
「兄さんは?」
妹まで当然のように尋ねた。
珠緒は自分の写真を探した。
アルバムをめくるほど、珠緒は端へ追いやられていた。七五三では顔が半分切れ、入学式では後列の知らない子に隠れ、成人式には振袖の袖だけが残っている。
アプリを削除しようとすると、確認画面が出た。
〈補完前の不完全な家族へ戻しますか〉
〈削除対象を選択してください〉
画面には五人の顔が並んでいた。
少年だけでなく、両親と妹にも緑色の枠がついている。珠緒の顔にだけ赤い文字が重なっていた。
〈家族として認識できません〉
その夜、還暦祝いが始まった。
見知らぬ兄が妻子を連れて現れ、珠緒の席へ座った。誰も彼女のぶんの皿を用意していない。声をかけても、肩を揺すっても、家族はわずらわしそうに宙を払うだけだった。
母が記念撮影のため、スマートフォンを棚に立てた。
『家族を検出しました。自動補完を開始します』
珠緒は必死に家族の間へ割り込んだ。
画面の中では、彼女の体を背景が透けていた。
『部外者が写り込んでいます』
機械音声が告げる。
家族全員が、初めて珠緒を見た。
「すみません」
兄が穏やかに言った。
「写真、お願いできますか」
珠緒の手の中にスマートフォンが残された。
画面には、完璧に補完された家族が笑っていた。