家賃を下げた家

千鳥森依織の制服は、袖口だけ色が違っていた。

母が古い布で当て直したからだ。弁当箱も小学校から同じ。瑞垣奈礼は昼休みのたび、わざとブランド財布を机へ置いた。

「千鳥森さんって、本当に物持ちいいよね。買い替えられないだけ?」

依織は笑って受け流した。家のことを説明する必要を感じなかった。

文化祭の準備で、クラスは駅前商店街から景品を集めることになった。奈礼は家が経営する洋菓子店へ皆を連れていき、「うちみたいな地元の名店が支えてあげないと」と得意げだった。

ところが店内では、奈礼の父が電話口で頭を下げていた。

「今月だけ、賃料を待っていただけませんか」

電話を切った父は、依織を見て表情を固くした。

「千鳥森さんのお嬢さん……」

商店街の土地と建物の大半は、千鳥森家の所有だった。依織の祖父は戦後から店を守るため、周辺相場の半額以下で貸し続けてきた。父は不動産会社の社長、母は商店街基金の理事。家族が古い家で倹約していたのは、得た利益を修繕費と家賃補助へ戻すためだった。

依織は父から渡された資料を開いた。

「今月だけではなく、来年度から全店の家賃を一割下げます。空調更新も、基金から出すことになりました」

奈礼が声を上げた。

「そんなの嘘。地主なら、もっといい制服を着るでしょ」

そこへ商店街会長と市長が入ってきた。文化祭への協賛金贈呈のためだった。

市長は依織へ深く礼をした。

「千鳥森家からの一千万円の寄付で、空き店舗を学生の創業施設に改装できます」

会長は、洋菓子店の家賃猶予もすでに承認済みだと奈礼の父へ告げた。

店の看板も冷蔵庫も、過去に基金の無利子援助で直してもらっていた。奈礼の父は娘を振り返った。

「うちは、この方の家に何十年も守ってもらっているんだ」

依織は袖の当て布を撫でた。

「まだ着られるものを捨てて、店の家賃を上げるほうが、私はもったいないと思う」

市長が協賛者名簿の最上段へ〈千鳥森家地域基金〉と記した瞬間、奈礼が“貧乏の印”と笑った布は、商店街全体を守る倹約の証になった。