山鳴りのない午後
バルドが山を買ったと聞いたとき、昔の同僚たちは笑った。
鉱脈を掘り尽くしたあとの、風だけが抜ける廃坑だったからだ。
だが彼が欲しかったのは金山ではない。誰にも勤務表を渡されない場所だった。
小屋の壁には、鉱山監督だった頃の赤い制服が掛かっている。肩は岩粉で白く、肘は布が薄くなり、袖口には落盤救助のときに裂けた縫い目が残っていた。退職して三月になるのに、連絡石には『至急』『人員不足』『今夜だけ』が二十七件も積み上がっている。
バルドはそれらを開かず、朝から湖畔で豆を煮ていた。
廃坑の奥では、彼が設置した十二匹の鉄甲虫が働いている。岩をかじり、銅だけを腹の箱に選り分け、満杯になると坑口の転送陣へ運ぶ。転送先は町の精錬所。売却も税の納付も自動で、バルドがすることは月に一度、歯車へ油を差すだけだ。
昼前、真鍮の収益板が澄んだ音を立てた。
《本日の銅鉱売却分を入金しました。生活費換算、十二日分》
それで十分だった。城を建てる額ではない。だが、明日のパンを心配せずに「嫌です」と言える額だ。
以前は金貨を得るたび、次の勤務まで生き延びるための前払いに思えた。いまは同じ金貨が、何もしない日を守る柵に見える。
直後、連絡石が赤く明滅した。元坑長ドラスの声が飛び出す。
『第三坑で支柱が足りん! お前なら配置を覚えているだろう。戻れ。賃金は一・二倍出す』
以前なら、靴を履きながら返事をしていた。休暇中でも、熱があっても。
バルドは豆の鍋を火から下ろし、落ち着いて答えた。
「覚えています。だから、私がいなくても回るよう図面を残しました。退職届も受理済みです」
『仲間を見捨てるのか!』
「人を足りなくしたのは、休ませなかったあなたです。今日は働きません。明日も、そちらでは働きません」
赤い光を長押しすると、緊急連絡の権限が消えた。小屋が急に静かになる。
山の奥では鉄甲虫の歯が、遠い雨のように規則正しく鳴っていた。バルドは鍋を食べ終えると、制服を裏返して雑巾箱へ入れた。
それから軒下の寝台に横になり、帽子を目の上まで引き下ろした。
午後の山は、もう一度も彼を呼ばなかった。