左側の改札
父の時計店を継がずに町を出たことを、私は十六年も「正しい選択」と呼んできた。
東京で家庭を持ち、会社では課長になった。けれど父が店を畳むと聞いた夜、正しさの中に小さな棘があるのを認めざるを得なかった。
翌朝、財布の底から高校時代の定期券が出てきた。期限はとうに切れている。
何となく駅のいちばん左の改札へ通すと、扉が開いた。
向こう側は同じ駅なのに、広告も制服も十六年前のままだった。
ホームへ上がると、作業着姿の私がいた。指には油が染み、父と同じ拡大鏡を額に載せている。町に残り、店を継いだ私だった。
彼は私の腕時計を見て、顔をしかめた。
「三分遅れてる」
「父にもよく言われた」
「今も言われる」
生きている父。その一言だけで胸が揺れた。
けれど彼の鞄からは、封も切っていない美術学校の案内がのぞいていた。私が捨てたのは店で、彼が捨てたのは絵だった。
「後悔してる?」
同時に尋ね、同時に黙った。
彼の手には父の店の鍵があり、私の手には娘が作った歪な腕輪がある。どちらも持っていない人生を、私たちは少し眩しそうに見た。
発車ベルが鳴ると、古い定期券の文字が薄れ始めた。
私は彼に腕時計を渡した。
「直して」
彼は代わりに、鞄から小さなスケッチ帳を抜き、私へ押しつけた。
「描いて」
改札を戻ると、腕時計は手首にあり、三分だけ進んでいた。スケッチ帳は消えていたが、掌に鉛筆の黒が残っていた。
その日の昼、父へ電話した。
店を継ぐとは言わなかった。父も戻れとは言わなかった。
ただ、閉店までに一度、娘を連れて時計の分解を教わりたいと頼んだ。
夜、私は十六年ぶりに鉛筆を買った。
正しい道へ戻るためではない。
選ばなかった道に置いてきた自分を、今いる場所へ少しだけ連れてくるためだった。
週末、娘と店へ行くと、父は何も聞かず二つの拡大鏡を並べた。娘は歯車を宇宙船の部品みたいだと言い、私はその横顔を描いた。父は絵を見て「昔より線が弱い」と評したあと、黙って額を探し始めた。
閉店の日、店の時計は全部違う時刻を指していた。それでも三人で撮った絵の中だけは、同じ午後が止まっていた。