帰り道の値札

空に浮かぶ王立書庫から採用状が届いた朝、ノエラは地図屋ではなく、路地裏の「道を売る店」へ向かった。

王立書庫へ上る白い階段は満月の夜にしか現れない。今月の満月は昨夜だった。次を待てば、採用は取り消される。

店の棚には、港へ抜ける近道や、眠っている人の夢を横切る道が、細いガラス瓶の中で糸のように巻かれていた。

「明日の朝までに、王立書庫へ着く道をください」

店主は瓶を一つ下ろした。

「道を一本買う代金は、あなたの中にある帰り道を一本」

「地図なら何百枚も覚えています」

「地図に描ける道じゃない。戻りたい人のいる道だよ」

思い浮かんだのは、城門から母の家までの道だった。青い花の井戸を右へ、石橋を三つ渡り、焼きたての胡桃パンの匂いがしたら左へ。仕事に落ちるたび、恋が終わるたび、ノエラはその道を歩いた。扉を開ける前から、鍋の蓋が鳴る音が聞こえた。

昨夜も母は言った。

――そんな遠くへ行かなくても、ここで地図を描けばいいじゃない。

ノエラは、ここに戻れるから遠くへ行けるのだと説明できなかった。

王立書庫へ勤めれば、誰も測ったことのない空路を、自分の名で地図にできる。これまで工房で描いた地図は、女の見習いというだけで師匠の署名に替えられた。採用状は、初めて彼女自身へ届いた仕事だった。

母は反対しながらも、旅袋へ干し果物を詰め、破れた外套を夜更けまで繕っていた。止める言葉と送り出す手は、いつも逆だった。

父の葬儀の日、幼いノエラが家と反対へ歩き出したときも、母は叱らず手をつないで同じ道を引き返した。あれ以来、道に迷うことは怖くなかった。最後には、あの扉へ戻れると知っていたからだ。

「代金を払ったら、母の家へ行けなくなりますか」

「住所は分かる。足も動く。ただ、そこを帰る場所だとは思えなくなる」

採用状の封蝋を親指でなぞる。欲しかった仕事だった。けれど差し出すのは、仕事のために捨てたかった田舎ではない。何度でも自分を拾い直してくれた道だ。

ノエラは瓶に手を置いた。

青い井戸が消え、石橋の数が消え、胡桃パンの匂いが消えた。最後に、扉の向こうで自分を待つ気配が薄くなった。

瓶の栓が抜け、白い階段が床へほどける。

もう帰り道はない。

だからノエラは採用状の裏に、忘れないうちに一行だけ書いた。

――最初の給金で、母を迎えに行く。