志望理由から弟を消す
福祉系大学へ出す志望理由書の一行目に、私はこう書いた。
〈聴覚障害のある弟と育った経験から、手話通訳を学びたい〉
赤ペンを持った弟は、自分のところへ二重線を引いた。
「消すの?」
弟は手を動かした。
〈僕を理由にしないで〉
「どうして。嘘じゃないでしょう」
〈僕がいるせいで、その進路を選んだみたいだから〉
母も同じことを心配していた。弟の通院、学校との面談、店員とのやり取り。家族で一番早く手話を覚えた私は、いつも弟の隣にいた。
「あなたのために人生を決めなくていいのよ」
そう言われるたび、腹が立った。
「誰も、私がやりたいとは思わないの?」
弟も怒った。
〈じゃあ、僕がいなくても選んだ?〉
答えられなかった。
翌日、私は弟を連れずに大学の説明会へ行った。模擬授業では、通訳者は言葉を置き換えるだけでなく、話す人が自分で選び、自分で断れる場を作るのだと教わった。
帰りの駅で、旅行者らしい高齢の女性が案内表示の前で困っていた。筆談用の端末を見せられ、私は手話ではなく、文字と身振りで乗り換えを説明した。
通じた瞬間、女性の顔が明るくなった。
私はその顔を見て、自分が好きだったものを思い出した。
弟に必要とされることではない。
誰かの言葉が、その人のもののまま届く瞬間だった。
志望理由書を書き直した。
〈言葉の違いによって、本人の選択が他人へ預けられる場面を減らしたい。その方法として、手話と言語支援を学びたい〉
弟のことは一度も書かなかった。
見せると、弟はしばらく読んだあと、今度は赤ペンを置いた。
〈僕を消したね〉
「うん」
〈寂しい〉
「自分で消せって言ったでしょう」
〈でも、これなら応援できる〉
合格通知が届いた日、母は「ありがとう」と手話で言った。私が弟を助ける道を選んだと思ったのだろう。
弟が母の手をそっと下ろし、別の形を作った。
〈ありがとう、じゃない。おめでとう〉
それから私へ向き直り、もう一つ。
〈行ってこい〉
私は同じ手話を返した。
弟のためではない進路を、弟に背中から押してもらった。