折れた剣は逃げなかった

「直せないなら、それでいい。捨ててくれ」

夕暮れ、修理店《継ぎ金》に入ってきたガイゼルは、布包みを作業台へ置いた。中から現れたのは、根元から折れた大剣だった。

彼は竜討伐から一人で戻った騎士だ。仲間を置いて逃げた、と酒場で笑われ、もう剣を握れないという。討伐隊の記録石は炎で砕け、証言できる仲間は全員治療中だった。三軒の武具店では「逃亡者の剣に触れば評判が落ちる」と断られたらしい。布包みからは煤と、何度洗っても消えない竜の熱い鉄臭さが漂っていた。

店主リネットは刃の断面を灯りに透かした。普通の破断なら金属は外へめくれる。だがこれは内側へ溶け込み、柄の護符だけが真っ黒に焼けていた。

「この剣、逃げたんじゃありません。あなたの前へ出たんです」

竜の吐息を受けた瞬間、護符が刃を盾へ変え、熱を一本に集めて折れたのだ。持ち主を生かすための、古い守護機構だった。

リネットは割れ目を削らず、銀青の継ぎ金を流した。傷を隠せば護符の記憶まで消える。だから折れた線を稲妻のように残し、柄へ新しい革を巻く。

炉の火が落ちるころ、大剣は一本に戻った。銀の線だけは消さず、刃の中央をまっすぐ走っている。リネットが軽く爪で弾くと、低い音が店の梁まで響いた。折れる前より澄んだ音だった。

「振ってみて」

ガイゼルが恐る恐る構える。刃は重くない。むしろ肩の動きに吸いつき、店の隅に立てた鉄板の前でぴたりと止まった。斬る意思には沈黙し、守る意思を向けた瞬間だけ、銀の継ぎ目が眩しく光った。

壁に、竜炎を受け止める大剣の残像が浮かぶ。その背後には、逃げ延びる仲間たちの影があった。

ガイゼルは長く息を吐き、剣を背負った。

「捨てる物なんて、なかったな」

見積もりの三倍の金貨を置き、余計だと言うリネットへ首を振る。

「残りは、次に折れたときの前金だ。今度は胸を張って持ってくる」

扉が閉じ、夕風が銀粉の匂いをさらった。リネットが金貨を箱へ入れた、その直後。

ちりん、と二度目のドアベルが鳴った。