押し入れの裏の長い夜

母の家を片づける日、兄は家具を、妹は食器を、私は押し入れを任された。

三人とも、残す物より捨てる物を多くしようと決めていた。そうしなければ、いつまでも終わらない。

布団の奥に薄い板があり、外すと人ひとり入れる空間があった。

子どもの頃、叱られるたびに隠れた場所だ。大人には見つからないと思っていたのに、母はいつも、出てくるまで廊下で待っていた。

懐中電灯と古いカセットを持って入り、板を戻した。

その途端、外の一秒が、こちらでは一分になった。

時計の秒針は板の隙間からゆっくり進み、私の腕時計だけが普通に時を刻む。

カセットには、母が録音した家の音が残っていた。

朝の包丁、兄の寝言、妹の泣き声、私がピアノを間違える音。最後に、母の声が入っていた。

「言いすぎた。帰ってきたら謝ろう」

何についての言葉か、すぐ分かった。

病院へ行く前の夜、私は母に「一人で平気なふりをしないで」と怒鳴った。母は「あなたに迷惑をかけたくない」と言い、私は電話を切った。

翌朝、母は倒れ、そのまま話せなくなった。

外では十二分しかたっていない。

こちらでは十二時間、私は同じ言葉を何度も聞いた。

謝ってほしかったのか、自分が謝りたかったのか、途中から分からなくなった。

暗闇の中で、母が廊下に座っていた昔を思い出した。あの人は、私を急かさなかった。ただ、出てくる場所を空けていた。

板を押すと、昼の光が入った。

兄が「ずいぶん静かだったな」と言い、妹は埃だらけの私を笑った。

私はカセットを三人で聞こうとしたが、やめた。

母の謝罪を証拠にするより、母が待っていた時間を覚えていたかった。

押し入れから持ち出したのは、録音機と、母の古い前掛け一枚だけだった。

その夜、兄と妹を泊め、三人で遅い夕食を作った。

包丁の音も、鍋の蓋が鳴る音も、誰かの笑いも、録音しなかった。

帰り際、妹が玄関で泣き始めた。

私は何も言わず、靴を履くのをやめた。

母がしていたように、泣き終わる場所を空けて待った。

押し入れの板は、家と一緒に取り壊された。

けれど急がなくていい夜は、あれから私たちの間に少しずつ増えている。