拍手が止んだ一秒
《その荷物持ち、凛火の足を引っ張るだけだろ》
《登録者八十人と三百万のコラボ、売名が露骨》
《無響王はソロ型だぞ。二人で入るほど強化される》
最深層の円形劇場で、人気剣士・御剣凛火は黙って刀を抜いた。いつもなら開幕三秒で斬撃を置く彼女が、今日は隣の青年を待っている。
「指示は一つだけください、志弦さん」
「では、拍手をやめないでください」
久世志弦の背には武器ではなく、折り畳み椅子と予備バッテリーが括られていた。共同配信の画面では、黒い王冠を戴く影が舞台中央に現れる。観客席の骸骨が一斉に手を打ち、無響王の輪郭が十二体へ増えた。
凛火が走る。十二の王が同じ角度で剣を振り、彼女は紙一重で抜けながら本体を探した。だが刃が触れるたび、別の王へ傷が移る。
《全分身でHP共有、しかも攻撃した側の音を吸う》
《凛火の足音が消えた。次は心音まで取られる》
《荷物持ち何してる、拍手してるだけ……?》
志弦は律儀に両手を打っていた。速くも遅くもない、同じ間隔。凛火が過去の配信で一度も崩さなかった踏み込みの拍と、ぴたり同じ速さだった。彼女もそれに気づき、十二体に囲まれてなお呼吸を合わせる。凛火の刀が弾かれ、十二本の切っ先が彼女へ収束した瞬間、彼は一度だけ手を止めた。
劇場から、音という音が消えた。
無響王だけが振り返る。
志弦はその一体を指さした。凛火は質問しない。無音の床を蹴り、示された喉へ一閃を通す。黒い王冠が割れ、残る十一体は舞台幕のように崩れた。
「どうして分かったの?」
「分身は、拍手が止まったことに気づけません。本体だけが次の音を待っている」
《待って、音響解析班だけど十一体は停止後も拍手周期で揺れてた》
《一秒の無音で本体にだけ反応させたのか》
《凛火の速度を信じて、合図一回で終わらせた……これが共闘だ》
凛火は刀を納めると、配信カメラの前で志弦の折り畳み椅子を奪った。
「次から荷物は半分持つ。代わりに、また私の隣で拍手して」
画面上部の肩書きが書き換わる。
【迷宮庁公式認定:無響王・世界初二名攻略――主攻略者 御剣凛火/久世志弦】