改札は七百点から
安斎矩人は毎朝、改札の青い円へ手首をかざす。表示は八一二点。七百点以上の市民だけが通勤時間帯の列車に乗れるため、円は一度で緑に変わった。
隣のゲートで、妹の帆香が止められた。
《信用点数:六九九》
《混雑時間帯の利用資格がありません》
「昨日は七百四十あったのに」
帆香は今日、第一志望の会社の最終面接だった。会場までは急行で四十分。混雑時間が終わる九時半まで待てば、受付には間に合わない。
矩人は駅員へ自分の画面を見せた。
「俺の同伴で通してください。二人分払います」
「運賃ではなく、乗車資格の判定です」
透明なゲートの向こうでは、座席の空いた電車が到着していた。七百点未満を締め出すようになってから、朝の車内は静かになったと広告は言う。
帆香の端末に、減点理由が届いた。
《昨日十八時四分、低信用者への継続的接触を確認》
表示された相手は矩人だった。会社帰りに発熱し、帆香へ迎えを頼んだ時刻だ。矩人は体調不良で定時の退勤認証を二度失敗し、その三十分だけ信用点が五百台へ落ちていた。
「私、お兄ちゃんを迎えに行っただけだよ」
矩人は自分の八一二という数字を見た。回復した自分の点数は戻ったのに、助けに来た妹の減点だけが残っている。
彼はゲートを通り、内側から手を伸ばした。
「腕をつかめ。開いた瞬間に一緒に」
再認証。緑の扉が開く。
二人で踏み込むと、床の重量計が鳴り、扉は矩人と帆香の間で閉じた。細い透明板に帆香の肩がぶつかる。矩人だけがホーム側へ押し出された。
発車ベルが響く。
帆香は痛みを隠して笑った。
「行って。お兄ちゃんまで遅刻する」
矩人は電車へ乗らなかった。改札の非常解除を叩き、駅員が来るのを待った。目の前で急行が発車する。窓際には誰も座っていない席がいくつも見えた。
帆香の端末がもう一度鳴った。
《面接予約時刻への到着不能を予測》
《信用点数を六八四へ更新します》
遅れるから点が下がり、点が低いから乗れない。
矩人の画面にも通知が出た。
《高信用者用輸送枠を辞退しました》
八一二の末尾が一つ消え、八一一になる。
兄妹は透明なゲートを挟んで立っていた。次の電車は三分後だったが、帆香にとっては九時半まで、一台も来ないのと同じだった。