攻撃力九百九十九の端数
辺境の冒険者ギルドで、トルカ・ミンデは初めて能力板に手を置いた。
煤けた板に数字が浮かぶ。
〈攻撃力 999〉
受付係が息をのんだ。
「九百九十九……歴代最高です」
トルカも息をのんだ。昨日まで薪割りで斧を跳ね返されていたが、異世界では才能が開花したらしい。
「やはり、俺の内側には何かあると思っていた」
「どの辺りに?」
「主に自信が」
噂は十分で広がった。傭兵隊長は握手を求め、魔術師は研究対象にしたがった。
「一撃で城門を砕けますね」
「加減が難しい」
「握手は弱めでお願いします」
「今、左手しか使っていない」
「右手は?」
「封印している」
本当は昨日の薪割りで腫れていた。
そこへ町を荒らす岩鬼討伐の依頼が届いた。
受付係が目を輝かせる。
「トルカ様なら一撃です」
「もちろん。ただし俺が本気を出すと地形が変わる」
「では採石場で戦いましょう。壊れても採石になります」
「逃げ道を理詰めで塞がないでほしい」
採石場へ着くと、岩鬼が岩を担いで待っていた。傭兵たちは後ろへ下がり、トルカを最前列へ押し出す。
「武器は?」
「素手で十分だ」
「右手の封印を?」
「今日は左で」
「左手最強説が生まれますね」
「説のままにしておこう」
岩鬼が迫る。トルカは目を閉じ、拳を突き出した。拳は岩鬼の腹へ届く前に止まり、逆に風圧で尻もちをついた。
沈黙。
岩鬼も困った顔で首をかしげた。後ろの傭兵からは「衝撃が速すぎて見えなかったのでは」という好意的な推測まで聞こえた。
「これは、相手の油断を誘う秘技だ」
「見事です」と受付係。「鬼が完全に困惑しています」
「次は?」
「本命を」
「今のが本命ではないという意味なら、そのとおりだ」
その時、能力板を抱えた整備士が採石場へ駆け込んできた。
「すみません! 板を磨いたら小数点が出ました!」
新しい表示は、
〈攻撃力 9・99〉
受付係がつぶやいた。
「平均は十です」
岩鬼がトルカの肩を優しく叩いた。
「惜しかったな」
最強だったのは、煤の付着力だった。