救命は遅配です

真鍋遼介の信用スコアは八百四十二。配送員としては上等だった。信号の変わる三秒前に減速し、指定時刻の十五秒前に荷物を置く。客から笑顔を要求されれば笑い、苦情を受けても反論しない。人生は減点されない走り方さえ覚えれば、平らな道路になるはずだった。

運河沿いを走っていた午後、前を歩く幼児が柵の隙間から落ちた。遼介は自転車を投げ、濁った水へ飛び込んだ。子どもは助かったが、荷台の十一件は遅配になった。

端末は救助動画を確認したうえで告げた。

《契約外行動による業務放棄。信用スコアを七十六点減算します》

会社は「人道的行為には理解を示す」と通知し、その翌日に契約を解除した。社宅も失った。助けた子の母親が加点申請を出したが、個人的な謝礼はスコア操作と判定された。

遼介が移ったのは、自動配送車さえ避ける低信用区だった。路地は地図と違い、エレベーターは止まり、住人は玄関番号を勝手に塗り替えていた。時間どおりに届けられる荷物など一つもなかった。

それでも、彼の顔を知る者がいた。

「運河に飛び込んだ兄ちゃんだろ。薬を急いでくれないか」

以来、遼介は荷物より先に人を見た。転んだ老人を起こし、熱を出した子を診療所へ運び、配達先でガス漏れを見つけた。遅配のたびに点は減ったが、路地では「遅れるかもしれない。でも来る」と評判になった。

半年後、かつての同僚から連絡が入った。高信用区で事故に遭い、救急車は優先患者のため迂回中だという。遼介は境界ゲートで止められた。入域に必要な点が足りない。

低信用区の住人たちが、端末から一斉に彼の身元保証を送った。一人一人の点は低くても、数百人分の「この人は来る」が門を開けた。

救助を終えた夜、遼介のスコアは三百を切った。だが端末には、配達完了とは別の通知が百件以上届いていた。

《ありがとう》

彼は初めて、数字より重い評価をポケットに入れ、自転車をこぎ出した。

その通知だけは会社の評価欄へ一度も反映されなかったが、遼介は毎晩すべて読み返した。