斜め一本で嵐を止める

「今夜の風で、東棟は倒れる」

石工組合の親方が言い捨てた。孤児院の壁は、手で押すだけで軋み、窓枠が指二本ぶん歪む。修繕費を払えない院長に、親方は建て直ししかないと告げた。

異世界に転生する前、住宅の耐震補強をしていたヴェルダは、壁を見て首を振った。

「柱は腐っていません。足りないのは、斜めです」

「斜めの木一本で家が立つなら、俺たちは苦労せん」

笑われながら、ヴェルダは倉庫の端材を二本借りた。長方形の壁の隅から反対側の隅へ渡し、鉄釘ではなく木栓で柱と梁に締める。反対向きにも一本。筋交いを入れただけだ。

親方は鼻を鳴らし、屈強な職人八人を並べた。

「押してみろ」

補強前の西壁は八人が肩を当てると、窓の上が六センチ動いた。子どもたちが息を呑む。

同じ八人が東壁を押した。梁が低く鳴っただけで、墨で付けた印は半センチもずれない。さらに四人加わっても、壁は四角のままだった。

夕刻、嵐が来た。雨粒が石を打ち、古木が一本折れた。だが東棟の皿は棚から一枚も落ちなかった。朝、親方が泥だらけで戻ると、孤児たちは補強した食堂で温かい粥を食べていた。

ヴェルダは請求書に、端材二十四本、木栓四十八個、作業時間三時間とだけ書いた。建て直し見積もりの百二十分の一だった。

東棟は築六十年で、親方が「価値のない箱」と呼んだ建物だった。けれどヴェルダは、柱の根元を小槌で叩き、乾いた音を一本ずつ確かめていた。子ども二十七人を外の礼拝堂へ移す時間さえない。だから壊して建てるのではなく、残っている強さをつなぐ方法を選んだのだ。

嵐の翌朝、西側の未補強倉庫は壁が傾き、扉が開かなくなっていた。東棟だけが、前日の墨線と完全に重なっている。親方は自分の定規で三度測り、最後には端材の本数と配置を黙って写し取った。建て直し用に集められていた寄付金は、冬の食料と毛布へ回せる額になった。

院長が判を押すより先に、親方が自分の組合印を押した。

「王都の古家、三百十二棟。全部、お前の方法で直す。主任として来い」