斧に残る温度

斧を振り上げると、ジェレフの掌に少女の最期が流れ込んだ。

夏の川。赤い靴を流されて泣く幼い妹。葦の間へ入って靴を拾った兄の背中。少女はその兄を「ジェレフ」と呼んでいた。

処刑台の下では、黒衣の司祭が早くしろと杖を鳴らした。執行を拒めば、処刑人の家族が身代わりになる。それがこの斧を受け継いだ夜、血で署名させられた掟だった。広場の端には、すでにジェレフの老父が兵に挟まれて立っている。罪状は城門への放火。だが妹のミラセは、火を放ったのは地下に巣食う疫鬼を焼くためだと訴えた。炎がなければ、今夜にも城中の井戸が腐る。

処刑斧には一つの慈悲と一つの呪いがある。刃に触れた死刑囚の最後の記憶を処刑人へ移し、その代わり、同じ重さの記憶を処刑人から奪う。嘘をついた者の記憶は冷たく、真実を抱く者の記憶は温かい。

掌は、痛いほど温かかった。

「執行せよ」

司祭の足元から、濡れた泥の匂いがした。疫鬼はもう井戸を通って礼拝堂まで来ている。ミラセが見つめた先で、司祭の袖口から灰色の触手が一瞬だけ覗いた。

ジェレフは斧を下ろした。

刃は妹の首ではなく、処刑台の床を割った。石の下で脈打っていた肉の根が露出し、司祭が人ならぬ声を上げる。兵たちが槍を構えるより早く、ジェレフは二度、三度と根を断った。斧が触れるたび、疫鬼に喰われた死者たちの記憶が流れ込み、代わりに彼の中から何かが消えた。

川辺の赤い靴。

母の葬式。

妹に初めて斧の研ぎ方を教えた夕暮れ。

老父を押さえていた兵の一人が剣を抜いた。ジェレフは斧を投げ、柄でその手首を砕く。もう一人は、司祭の皮が裂けて中から現れた巨大な口に呑まれた。最後の根を断つと、司祭の身体は泥へ崩れた。城門の鐘が鳴り、井戸の水が澄んでゆく。

縄を解かれたミラセが、血まみれの兄へ抱きついた。

「兄さん」

ジェレフは斧を落とした。温かな涙が頬を伝ったのに、その理由が分からない。

「すまない。あなたは、誰だ」

少女は答えず、彼の掌を両手で包んだ。そこだけに、もう思い出せない夏の温度が残っていた。