断頭台が先に辞職した

「能力なしの役立たずに、最後の慈悲だ。首くらいは一度で落としてやる」

処刑長の笑いに、広場の群衆がつられて笑った。

早瀬冬馬は、異世界へ落ちて三日目だった。召喚された勇者候補の中で、彼だけ鑑定板が白紙だった。その日のうちに魔族の密偵という罪を着せられ、弁明の機会もなく断頭台へ運ばれた。

首木に頬を押しつけられる。刃は黒く、これまで千人を斬ったと処刑長が自慢していた。

召喚された仲間たちは貴賓席に座っていた。炎や聖剣の加護を得た彼らは、冬馬と目が合いそうになるたび顔を背ける。王国に逆らえば次は自分だと分かっているのだ。冬馬は恨まなかった。ただ、白紙というだけで人を処分できる世界のほうを、間違っていると思った。

冬馬には、自分の力の名だけは見えていた。

《道具解放》

物に押しつけられた役目を、一度だけ解く。

戦える力ではない。そう思っていた。

けれど耳を澄ませると、断頭台から微かな軋みが聞こえた。木の悲鳴でも、鎖の音でもない。斬りたくない、と長い年月を耐えてきた道具の声だった。

「お前も、もう嫌なんだな」

冬馬が首木へ指を触れ、《道具解放》を使った。

落下寸前だった刃が静止した。

次の瞬間、鉄の枠から釘が抜け、鎖がほどけ、巨大な刃は銀色の羽根へ分かれて空へ舞い上がった。首木は根を伸ばし、処刑台の石床を割って一本の若木になる。広場に積まれていた斧も槍も枷も、次々と自分の形を捨て、鍬や杖や鐘へ変わっていった。

処刑長が予備の剣を抜こうとした。しかし剣は鞘から出ず、柄だけが震えている。

王宮魔導師が青ざめた。

「付与術ではない。千年契約された処刑具の概念を、まとめて解いた……?」

王が天幕の奥で立ち上がった。彼の腰の宝剣もまた、鞘から抜け落ちて一本の白い花になっていた。

誰も冬馬を押さえていなかった。

縄さえ、ただの麻紐に戻って足元へ落ちている。

冬馬が処刑台から顔を上げると、さっきまで笑っていた群衆は道を開けた。

その中央で、王だけが立ったまま、花になった宝剣を両手で捧げていた。