既読は三人
鹿子木壱弥の家族グループには、四人のアカウントが残っている。
父、母、壱弥、そして姉のつぐみ。
つぐみは十四か月前、大学から帰る途中で行方不明になった。スマートフォンも鞄も見つからず、警察は今も失踪事件として捜している。
母は姉のアカウントを退会させなかった。
毎晩九時になると、家族グループへ同じメッセージを送る。
〈つぐみ、おやすみ。帰りたくなったら、いつでも帰っておいで〉
いつも表示されるのは「既読2」だった。
父と壱弥が読むからだ。
失踪から十四か月目の夜、三人は捜索願の更新を終え、警察署から車で帰る途中だった。母がいつものメッセージを送る。助手席の壱弥と、運転中の父が信号待ちで画面を開いた。
表示は「既読3」になった。
「つぐみが読んだ」
母の声が震えた。
「誰かがアカウントを乗っ取っただけだ」
父はすぐに言った。
家族用の位置共有アプリを開くと、長く灰色だった姉の印が点灯していた。
〈鹿子木つぐみ 在宅〉
場所は自宅だった。
三人とも車の中にいる。家には誰もいないはずだ。
「警察へ戻ろう」
母が言うと、父は首を振った。
「古いタブレットが家にあるだろう。あれが勝手につながったんだ」
「つぐみのアカウントではログインしてないわ」
そのとき、姉のアカウントから写真が届いた。
暗い玄関を、家の中から撮った写真だった。
扉の前に、泥のついた裸足が写っている。片方の足首には、失踪した日に姉がつけていた銀色の鈴があった。
〈ただいま〉
母が泣きながら一一〇番を押した。
父はその手から電話を奪った。
「やめろ。つぐみがあの井戸から一人で帰れるわけがない」
車内が静かになった。
井戸の話など、誰もしていない。
姉は駅から自宅までのどこかで消えたことになっている。
壱弥が父を見ると、父も自分の言葉に気づいたらしい。顔から血の気が引いていた。
家族グループへ、もう一通届いた。
〈お父さん、場所を覚えていてくれたんだね〉
父は家へ続く交差点を曲がらなかった。
急にハンドルを切り、町外れの山道へ入った。
位置共有画面では、姉の印も同じ道をこちらへ向かって動き始めていた。