昇進報告の下で

凪沙がコンビニの袋をテーブルに置いたのは、午後九時四十二分だった。中身は塩むすびと、値引きシールの貼られたひじき煮。昼に使った紙コップがまだ流しにあり、朝脱いだストッキングが椅子の脚に引っかかっている。

スマートフォンを伏せる前に、指が癖でSNSを開いた。

大学時代のゼミ仲間が、社員証を胸元に寄せた写真を載せていた。〈このたびリーダーに昇進しました。支えてくれた皆さんに感謝〉。コメント欄には拍手の絵文字が並び、「さすが」「ずっと努力してたもんね」と続いている。

凪沙は塩むすびの包装を途中まで剥がしたまま、自分の今日を思い返した。提出した資料は差し戻され、会議では一度も発言できず、帰り際に先輩から「もう少し主体性があるといいね」と言われた。主体性は、駅前のコンビニには売っていなかった。

お祝いのハートを押す。押した指だけが、立派な人の側にいるように見えた。

ひじき煮のふたを開けると、冷たい甘辛い匂いがした。レンジで温めるほどではないと思い、そのまま箸を入れる。画面を下へ送ると、資格合格、海外出張、部署異動。みんなの人生には見出しがついていた。凪沙の一日は、レシートの「おむすび一個」と同じ幅しかない。

通知が一件届いた。会社のグループチャットだった。明朝の資料についての修正依頼。未読のままにしても、数字は消えなかった。

凪沙はスマートフォンを裏返した。明日の自分が困るかもしれない。でも、今の自分もすでに困っている。

塩むすびをひと口かじる。海苔は少し湿っていて、塩が思ったより強かった。強すぎるくらいで、ぼんやりした舌にはちょうどよかった。

昇進した友人を嫌いになったわけではない。自分が遅れているとも、ほんとうは決まっていない。ただ今夜は、他人の見出しを読み続ける体力がない。

凪沙は会社の通知だけ確認し、「明朝対応します」と短く返した。それからSNSを閉じ、ひじき煮を全部食べた。昇進も成長もしていない一日だったけれど、帰ってきて、食べて、返事を一つした。

今日はそれを実績にしていいことにした。