昔と同じ甘さ

 富来田紗弦が祖母の家へ行くと、台所に焦げた砂糖の匂いがしていた。

 祖母は月に一度、四角いカステラを焼く。子どもの頃、紗弦が風邪をひくたび薄く切ってくれた菓子だ。

「ちょうど焼けたよ」

 出された一切れは、昔より色が淡く、持ち上げても指へ蜜がつかなかった。

 祖母は最近、砂糖を減らしている。

 聞けば「同じ分量」と言うが、紗弦には分かった。棚の砂糖袋は先月からほとんど減っていない。

「どう?」

「昔と同じ甘さ」

 紗弦は毎回そう答えた。

 本当は、昔よりずっと控えめだった。けれど祖母が少し安心した顔をするので、訂正しなかった。

 その日、祖母が洗濯物を取り込みに行った間、紗弦は料理帳を開いた。

 カステラの頁には、鉛筆で古い分量が書かれ、その横へ新しい数字が小さく足されている。

〈砂糖、半分。紗弦はもう甘すぎるのが苦手〉

 紗弦は思わず笑った。

 祖母もまた、気づかれないよう嘘をついていたらしい。

 戻ってきた祖母は、料理帳を開いたままの紗弦を見て一瞬止まった。

「見た?」

「何を?」

「昔の汚い字」

「見てない」

 二人とも、下手な嘘だった。

 紗弦は二切れ目を皿へ取った。

「本当に、昔と同じだね」

「そうでしょう」

「でも昔より、今の方が好きかも」

 祖母は返事の代わりに番茶を注いだ。湯呑みの中で、茶葉がゆっくり沈む。

 午後、二人で残ったカステラを紙へ包んだ。

 祖母は端の少し焦げたところを紗弦の包みへ多く入れた。

「そこが好きだったでしょう」

「よく覚えてるね」

「忘れたふりはしても、忘れないこともあるよ」

 帰り道、包みから卵と焦がし砂糖の香りが上がった。

 昔と同じ味ではない。祖母も紗弦も知っている。

 それでも二人が同じだと言い続けるあいだ、風邪の日の布団も、冷たい額へ置かれた手も、今の台所へ少しだけ残っていた。

 夜、紗弦はカステラを一切れ温めた。

 控えめな甘さの奥から、焦げた端だけが懐かしく香った。二人だけが知る違いは、嘘というより、変わった味を同じ思い出へそっと継ぎ足すための余白だった。