星を見る口実

 放課後、戸隠小春から「屋上に来て」と書かれた紙を渡された瞬間、磯村律希の頭の中では、結婚式の入場曲まで鳴り始めた。

 小春は学年一、無表情で有名な女子である。そんな彼女が、夕焼けを背にして待っていた。しかも二人きりだ。

「磯村くん。前から、ずっと見てた」

「う、うん」

「休み時間も、放課後も。あなた、いつも窓の外を見てるでしょう」

「そんなに僕のことを……」

「上を向く角度が、普通の人より七度ほど大きい」

「観察が具体的だね」

 小春は一歩近づいた。

「私には、あなたしかいないの」

 律希の心臓が校内放送より大きく鳴った。

「今夜、二人で星を見ない?」

「はい。喜んで」

「返事が早い。助かる」

 彼女は鞄から一枚の紙を出した。律希はラブレターだと思って両手で受け取った。

 天文部入部届。

「……これは?」

「見れば分かるでしょう。天文部は今、部員が三人。金曜までに四人にならないと廃部なの」

「さっきの『あなたしかいない』は?」

「ほかに空を見ている人がいない」

「『ずっと見てた』は?」

「入部候補として」

「『二人で星を』は?」

「ほかの二人は塾」

 律希の頭の中で、結婚式場が速やかに撤去された。

「ここに記入して。名前、住所、保護者名」

「恋人欄は?」

「保護者欄。落ち着いて」

 律希が肩を落とすと、小春はわずかに首をかしげた。

「入らないの?」

「入るよ。星は好きだから」

「そう。よかった」

 彼が署名しようと紙を裏返すと、そこに小さな字があった。

『入部してくれたら、次は部員としてではなく誘います』

 律希が顔を上げる。小春は夕焼けより赤くなって、フェンスの向こうを見ていた。

「これ、どういう意味?」

「観測結果を急いで断定しないで」

「でも期待していい?」

「仮説としてなら」

 その夜、屋上には望遠鏡が一台と、妙に距離の近い新入部員が二人いた。ほかの部員が塾だったのは本当だが、小春が彼らに「今日は絶対に来ないで」と念を押していたことを、律希が知るのはずっと後だった。