映写機が冷えるまで
「廃部届、ここに置くね」
鳴海梢が紙を机の中央へ滑らせた。映画研究会の部室は、上映後の匂いがした。熱を持った映写機、埃を吸った暗幕、誰も座らない監督椅子。学園祭で流すはずだった短編の最後の一巻だけが、缶の中でかすかに鳴った。
志岐航平は署名欄を見たまま、ペンを取らない。
「あと一人、新入生を捕まえれば存続できる」
「捕まえる、って言い方する時点で終わってるよ」
江里口圭吾が笑った。笑い声は暗幕に吸われ、すぐに消えた。
三人は四年間、誰かの卒業制作を撮るたび、自分たちの映画は来年だと言い続けた。来年がなくなると決まった今日も、机の上には絵コンテがある。海辺で三人が別れるだけの話だった。
「梢は東京だっけ」
「映像の大学院。奨学金まみれになる予定」
「航平は?」
「実家の映画館に戻る。閉める手伝い」
「継ぐんじゃなくて?」
「継げるなら、ここで撮ってる」
航平はようやく署名した。強く書きすぎて、紙の下の脚本に跡が残った。
圭吾は市役所の採用通知を鞄から出した。
「文化振興課を希望に書いた。通るかは知らない。でも、上映する側じゃなくて、残す側に行く」
「それ、映画を諦めた人の言い方だ」
「諦めたから言えるんだよ」
梢は反論しかけて、やめた。三人とも、夢を捨てるのではない。夢のそばにいるための距離を、それぞれ違って測り直している。
最後の上映を始めた。未完成の画面では、海辺の三人が何も言わずに立っていた。音声を録る前に解散が決まったから、波の音しかない。
エンドマークの代わりにフィルムが白く焼けた。
梢が映写機を止め、圭吾が廃部届を封筒へ入れた。航平は監督椅子の背に掛かったままのジャケットを見たが、持ち主は三人の誰でもなかった。去年卒業した先輩のものだ。誰も捨てられず、誰も返せずにいた。
「じゃあ、行くか」
三人は別々の方向へ帰るため、同じ扉を出た。
部室に残った映写機は、しばらく小さく鳴り続けた。監督椅子だけが白いスクリーンを向き、まだ次の指示を待っていた。