春を着る妻
北塔の窓は、夏でも白く凍っていた。
レティナが契約書を読んでいる間、向かいのカズリム公は手袋を外さなかった。彼の指に触れたものは凍る。幼いころ受けた呪いで、領地では三年、麦の穂が実る前に霜へ砕けていた。
婚姻の魔法は単純だった。
妻が夫の指輪をはめれば、夫の冷気を一生引き受ける。
「形だけの結婚だ」カズリムは低く言った。「春になれば離縁していい。指輪だけは返せないが」
離縁しても冷たさは戻らない。書記は目を伏せたまま説明した。妻の体温は毎年少しずつ下がり、やがて湯気も、陽だまりも、誰かの手も温かいとは感じなくなる。
レティナは窓の外を見た。城下の配給所には、妹が朝から並んでいる。十二歳の細い肩。去年、凍った畑で母を亡くしたとき、妹は泣かずに「来年はパンになる?」と聞いた。
机の下で、レティナは掌を握った。妹の髪を乾かした夜、同じ寝台で足を絡めた冬、焼きたてのパンを半分に割った朝。熱を出した妹を胸へ抱き、額が冷えるまで子守歌を歌った夜。父の古い上着の内側に二人で手を入れ、雪道を走った午後。温かさは、記憶より確かなものだと思っていた。
「別の娘を探す」
カズリムが契約書を引いた。袖口から覗いた手首には、氷のひびが走っていた。
「領主の命令なら、誰かは従うでしょう」
「だから命令しない」
初めて彼の顔を見た。冷たい呪いの持ち主なのに、目だけがひどく疲れていた。
レティナは羽根ペンを取り戻した。
「条件を一つ足してください。春になった畑の最初の小麦は、孤児院へ」
「君の取り分ではなく?」
「私が欲しいのは、妹が二度と配給列で嘘をつかないことです。『お腹は空いていない』って」
署名すると、銀の指輪が小さく鳴った。
カズリムが最後までためらったので、レティナは自分から彼の手を取った。
窓を覆っていた霜が、音もなく水滴へ変わる。城下の屋根から雪が崩れ、遠くで誰かが春だと叫んだ。
その声を聞きながら、レティナは妹の頬に触れた感触を思い出そうとした。
もう、どれほど温かかったのかだけが分からなかった。