最初に赤くなる者

崩れかけた吊橋の中央で、玻璃川シドは短剣を抜かなかった。

《非契約PvP》

最初に相手へHP減少を与えた者を「先制攻撃者」として赤名化します。

被害者の反撃には犯罪判定がありません。

対岸では警備NPCが赤名を待っている。PK《赤鉤》は橋を塞ぎ、シドの仲間が谷底でもがく映像を見せた。

「一発でも俺を斬れば、助けに行かせてやる」

嘘だ。シドが先に攻撃すれば赤名になり、警備に射殺される。赤鉤は一歩も手を出さず、言葉だけで相手を焦らせることで有名だった。

仲間のHP表示が一ずつ減る。

「三つ数えたら斬る」

シドは宣言し、剣先を上げた。

赤鉤の口元が緩む。相手が決意した瞬間こそ、彼が最も油断する瞬間だ。

「一」

シドは足場の切れた縄を踏んだ。

「二」

身体が傾く。赤鉤は反射的に袖を掴んだ。獲物を谷へ落とせば所持品も回収できないからだ。

「三」

シドは剣を振らず、掴まれた腕ごと谷側へ体重をかけた。

赤鉤は焦り、短剣をシドの肩へ刺す。HPが一減った。

頭上の名が赤く染まる。

シドは笑い、初めて反撃した。柄で手首を打ち、短剣を落とす。対岸の警備弓が一斉に赤鉤へ照準を合わせた。

「お前が先に落ちようとした!」

「落ちるのは攻撃じゃない。助けた相手を刺したのは、あんただ」

仲間の映像は録画だった。救助隊の表示が遅れて更新され、すでに安全地帯へ収容済みと出る。赤鉤が焦らせるため隠していた情報だ。

《先制攻撃者:赤鉤》

《被害者玻璃川シドへ正当反撃権を付与》

警備弓の矢は赤鉤の足元へ突き刺さり、逃走経路だけを塞いだ。殺さず拘束する仕様らしい。

シドは肩の傷を押さえ、橋の下へ視線を落とす。仲間の救助映像が録画だと気づけたのは、画面の風向きが今と逆だったからだ。赤鉤は恐怖を作ることに慣れすぎて、相手が映像そのものを見るとは思わなかった。

「最初から俺を斬る気はなかったのか」

「斬らせる気もなかった。あんたが勝手に怖がるまでは」

赤鉤は人を焦らせ、先に手を出させることで無傷のまま勝ってきた。最後に崩れたのは橋ではなく、自分だけは攻撃される前に守らなければならないという確信だった。

《勝敗を確定――恐怖に負けた者ではなく、相手が攻撃すると信じて先に刃を入れた者をPKとして記録します》