最初の一口
うちの夕食には、「最初の一口係」がいる。
父の皿から一口食べ、十分待つ。それから家族全員で「いただきます」をする。父は食品会社の役員だから、恨んでいる人が多いのだと母は説明した。
係は一週間交代だった。
先月までは弟だった。
弟はシチューを味見した夜、食卓の下で白目をむいた。救急車は呼ばれず、父が車でどこかへ連れていった。翌朝、母は「遠い病院へ入院した」と言った。それから弟の学校用品も写真も、少しずつ家から消えた。
弟の茶碗だけは、縁が欠けたまま流しの下へ隠されていた。父も母も、捨てようとはしなかった。
今週は私の番だった。
月曜日は焼き魚。
火曜日は肉じゃが。
水曜日、父の茶碗から食べた米は、舌の奥がわずかに苦かった。
「変な味がする」
そう言うと、父は箸を置いた。
母は笑って、炊飯器が古いせいだと言った。
十分待っても私に変化がないと、父は私の茶碗を自分の前へ引き、代わりに父の茶碗を押しつけた。
そこで初めて分かった。
味見は父の皿を安全にするためではない。父は、私が無事なら私の皿を食べ、怪しければ手をつけないつもりなのだ。
木曜日、私は口に入れたふりをして、煮物をハンカチへ吐き出した。
十分後、父は安心して私の皿と交換した。
食後、母が父へ尋ねた。
「今日はどうだった?」
「問題ない。あの子も平気だ」
母は私を見て微笑んだ。
「そう。じゃあ、明日はもう少し増やせるわね」
父の顔がこわばった。
「何を増やす」
「あなたが必ず子どもの皿と替えると分かったから、今週はそちらへ入れているの」
父は立ち上がり、流しへ駆けた。
母は声を立てて笑った。
私は、弟の週も同じだったのだと気づいた。
金曜日の夕食には、茶碗が二つしか並んでいなかった。
父の席は空で、母は私の向かいへ座った。
「これからは二人きりね」
母は私の皿から一口取り、ゆっくり噛んだ。
「十分待って、私が平気だったら食べなさい」
私は箸を置いた。
母はまだ、私が木曜日の煮物を食べていないことを知らない。