最後に握った手

 父が駅で倒れた夜、私は発表会の舞台にいた。

 客席の中央に一つだけ空席があった。約束を破られたと思い、私は父の好きだった曲を、怒るように弾いた。最初の音を外したあとは、鍵盤しか見なかった。

 終演後、母から電話が来た。

 父は病院へ運ばれたが、間に合わなかった。

 葬儀の翌日、警察から白い封筒を渡された。差出人の名も住所もない。便箋には、駅で父のそばにいたという人の字が並んでいた。

〈救急車が来るまで、手を握っていました。お父さまは何度も時間を気にしていました。娘の演奏会へ行く途中だ、と。息が苦しいはずなのに、「あの子は最初を間違えると、全部だめだと思う」と笑いました。もし伝えられるなら、二つ目の音から始めればいい、と伝えてください〉

 父の手は、いつも冷たかった。朝早く家を出る手。私の楽譜をめくる手。反抗期の私が振りほどいた手。

 その最後を、知らない誰かが握ってくれた。

 私は駅に礼の張り紙を出し、新聞にも小さな広告を載せた。けれど、その人は名乗らなかった。

 毎年、命日には同じホームへ行った。急ぐ人、眠そうな人、子どもの鞄を持つ人。どの手が父を握ったのか分からない。それでも、知らない人ばかりの駅が、以前ほど怖くなくなった。父の最後の景色には、その誰かがいてくれたからだ。

 十年後、私は同じ駅で、ベンチから崩れ落ちる老婦人を見た。人が集まり、誰かが救急車を呼んだ。私は震える手を取り、何を言えばいいか分からないまま、父が残した言葉を口にした。

「最初を間違えても、大丈夫です。二つ目から始めればいいんです」

 老婦人は目を開け、弱く握り返した。

 救急隊に引き渡したあと、家族らしい人が駆けてきた。名前を尋ねられたが、私は首を振って人混みへ戻った。

 ようやく分かったのだ。

 あの人が名乗らなかったのは、礼がいらなかったからではない。

 親切を一人の名前へ返して、終わらせないためだったのかもしれない。

 その夜、私は久しぶりに父の曲を弾いた。

 最初の音を外した。

 それでも今度は、止まらなかった。