最後の投影は予約済み
閉館する市立プラネタリウムで、海老名綴と日下部航は最後の投影を待っていた。
客席は空だった。二人は八年間、解説員と投影技師として、同じ偽物の夜空を何千回も作ってきた。航が星を出し、綴が名前を呼ぶ。息を合わせるのに、もう合図はいらなかった。
翌週、航は札幌へ引っ越す。恋人の白根絵麻と暮らし、新しい科学館で働くという。絵麻は何度もここへ来たことがある。航の話を聞くとき、誰よりうれしそうに笑う人だった。
「最後は何を映す?」
航が操作卓から訊いた。
「夏の大三角」
「季節外れだ」
「閉館後は苦情も来ないでしょう」
ドームに星が浮かぶ。織姫と彦星は一年に一度しか会えない、と綴がいつもの台本を読み始めると、航が笑った。
「その解説、嫌いだったんじゃない?」
「離れても愛は続く、なんて都合がよすぎるから」
「今日は?」
「もっと嫌い」
綴はマイクを切った。
「航が好き」
星明かりしかない暗闇でなら、彼の顔を見ずに言えた。
操作卓のファンだけが回り続けた。やがて航が、静かに答えた。
「ありがとう。でも、俺は絵麻を愛してる」
「知ってる」
「なら、どうして今日」
「知っていることと、言わなくて平気なことは別だから」
航は客席へ下り、ひとつ空けた隣の席に座った。近すぎず、遠すぎない距離だった。
「友達でいてくれる?」
「しばらくは無理」
「そっか」
「次に会うとき、ちゃんと二人を祝える人になっていたら、そのときは」
航はうなずいた。
謝らなかったことが、綴にはありがたかった。
投影終了の時刻になり、星が一つずつ消えていった。最後に残ったのは、航が操作を間違えて消しそびれた小さな一等星だった。
「直す?」
「このままでいい」
二人は、その星が自動消灯で消えるまで見ていた。
翌朝、解体業者がドームへ入った。偽物の夜空は、装置ごと運び出された。
綴は空になった客席で、昨夜の告白を思い返した。恋は選ばれなかった。未来も変わらなかった。
それでも、届かないまま胸に置いていた言葉へ、航はきちんと返事をくれた。
本物ではない星にも、見上げた人の記憶へ届く光はある。
綴の恋も、それと同じだった。